2016年10月31日

2016.10.30 茂山狂言会特別公演@国立能楽堂

2016.10.30 茂山狂言会特別公演
 五世茂山千作・十四世茂山千五郎 襲名披露公演

襲名流行り?のこの秋、9月の京都を皮切りに、大阪、
名古屋と続いてきた茂山狂言会のダブル襲名披露が、
ようやく東京に!

京都公演から行きたいと思いつつ、なかなか果たせず
にいた身には、まさに、待望久しかった公演だ。

演目
能「翁(おきな)」(喜多流)
   翁=友枝昭世、三番三=茂山千五郎、千歳=茂山虎真
   囃子方 笛=藤田六郎兵衛、大鼓=亀井広忠、
       小鼓=曽和正博、住駒匡彦、曽和伊喜夫
   後見=内田安信、狩野了一
   地謡=金子敬一郎、栗谷明生、栗谷浩之、栗谷能夫、
      友枝雄人、香川靖嗣、栗谷充雄、中村邦生
   狂言後見=茂山茂、島田洋海
狂言「三本柱(さんぼんのはしら)」(大蔵流)
   主人=大藏彌右衛門、太郎冠者=大藏彌太郎、
   次郎冠者=大藏吉次郎、三郎冠者=大藏基誠
   囃子方 笛=藤田次郎、小鼓=鵜澤洋太郎、
       大鼓=亀井広忠、太鼓=観世元伯
   後見=大藏教義、善竹富太郎
狂言語「語那須(なすのかたり)」(大蔵流)
     山本東次郎   後見=山本則秀
狂言「庵梅(いおりのうめ)」(大蔵流)
   老尼=茂山千作、
   客の女=茂山逸平、茂山童司、井口竜也、島田洋海、
       山下守之、茂山宗彦
   囃子方 笛=藤田次郎、小鼓=鵜澤洋太郎、
       大鼓=亀井広忠、太鼓=観世元伯
   後見=茂山千五郎、丸石やすし
   地謡=茂山七五三、茂山茂、松本薫、増田浩紀
  (休   憩)
脇語「船中ノ語」(下掛宝生流)
     宝生欣哉
独吟「業平餅(なりひらもち)」(和泉流)
     野村 萬
狂言「二人袴(ふたりばかま)」(大蔵流)
   聟=善竹大二郎、兄=善竹富太郎、
   舅=善竹十郎、太郎冠者=大藏教義
   後見=大藏基誠
狂言小舞(大蔵流)「盃」    茂山 蓮
   〃    「土車」   茂山鳳仁
   〃    「吉の葉」  茂山竜正
   地謡=茂山茂、茂山宗彦、島田洋海、井口竜也
狂言「蝸牛(かぎゅう)」(大蔵流)
   山伏=茂山七五三、太郎冠者=茂山あきら、
   主人=松本 薫  後見=網谷正美
  (休   憩)
狂言小舞(和泉流)「住吉」   野村万作
   〃    「鮒」    野村萬斎
   地謡=深田博治、高野和憲、中村修一、内藤連
狂言「花子(はなご)」(大蔵流)
   男=茂山千五郎、妻=茂山 茂
   太郎冠者=茂山童司、  後見=茂山宗彦、茂山逸平
附祝言「猿唄」    茂山宗彦、茂山逸平
  (プログラムに詳しい配役の記載がなかったので、一
  部、推測で書いてます。もし違ってたらごめんなさい)

感想の第一は・・・長かったー。11時開演、16時43分
終演。普段の狂言会の倍以上?の長さ。

そして、お客さんが多い!・・・ここのところ、空いている
公演が多かったから・・・なんだ、みんな、やれば出来る
じゃん!・・・というところ。

そして、人間国宝が全部で5人(たぶん)も客演、という
豪華さに圧倒された。

普段、ファンとの交流会などで、ごく気さくに話している
茂山狂言会の面々・・・ホントはすごい人たちなんです
ねぇ。

新・千五郎師も、今まで気楽に「まさくにさーん」なんて
呼んでいたけれど、もう、無理・・・かな?

閑話休題。

「翁」。いつもの狂言会では、後半の狂言方の三番三の
みということがほとんどだが、今回は、喜多流シテ方の
友枝昭世師を迎えて、フルバージョンで。上演時間は軽
く1時間を超えた。

囃子方に、小鼓が三人!というのもビックリだったけれ
ど、考えてみたら、翁は決して初見じゃない・・・今まで、
まったく気づかなかったなぁ・・・。

荘重で静粛な翁の舞、元気よく可愛らしい千歳の舞、そ
して、重厚さと軽妙さを兼ね備えた三番三・・・まさに、祝
祭の場にふさわしい幕開け。

「三本柱」。裏山から材木を三本運ばせることにした主人
が、三人の召使に「三本の木を三人で二本ずつ運べ」と
いう不思議な命令・・・材木を前に、頭をひねる三人・・・

三本をひとり一本ずつ運ぶより、三人で二本ずつの方が
重さを感じない?・・・ちと疑問だなぁ。第一、三角形で山
道は歩きにくかろう・・・なーんて、考えてはいけませんね。
狂言ですから。

大藏彌太郎師は、狂言の大蔵流宗家の現当主(25世)。

「語那須」。那須の語は、能「八島(屋島)」の中で、アイが
語る。源平の屋島の戦いで、那須与一が扇の的を射抜く、
あの、場面である。

山本東次郎師は、大蔵流山本家の当主。御年79歳との
ことだが、かなり動きの激しい仕方話を鮮やかに。

「庵梅」。梅の花が盛りの季節、老尼の庵室を、歌(和歌)
の弟子である女たちが訪れて、ともに歌を詠み、酒を酌み
交わし、興に乗って舞を舞い・・・そして、女たちは、またの
訪れを約して帰って行く・・・。

なんでもない、日常の風景なんだが、これがなんとも良い
んだなぁ・・・・

新千作師、かなり立ち居に苦労されていたようで、見てい
て、ちとハラハラ。・・・今回の“世代交代”、残念ながら、や
はり妥当なのかな・・・と、思ったり。

「船中ノ語」。能「船弁慶」の特殊演出の中で、ワキ(弁慶)
が語る・・・とまでは調べがついたが、知識不足でそれ以
上のことは分からず・・・・残念。

宝生欣哉師は、下掛(ワキ方)宝生流。今年2月に急逝さ
れた、宝生閑師の息子。

「業平餅」。業平餅は狂言の演目で、在原業平が旅の途
中で、餅代の代わりに歌を詠む・・・という物語らしいが、
まだ、見たことがない。

従って、今回の独吟が、物語のどの部分なのか、はっき
りしない。ただ、餅の名の由来のようなことや、いわゆる
餅づくし的な詞があったのは、なんとなく理解。

野村萬師は、狂言和泉流。御年86歳・・・とはとても見え
ませぬ。

「二人袴」。これは上演頻度の高い演目。聟入り(結婚後
初めて妻の実家に挨拶に行く儀式)する弟に、兄が付き
添うが、舅の前に出るのに、袴が一枚しかない・・・これを
兄弟で奪い合ううちに・・・

この、聟と兄との関係は、演者の年齢によっては、父と息
子になることも。今回は、善竹富太郎、大二郎両師の、本
当のご兄弟で。

茂山家の次代、次々代を担うであろう、子どもたちの小舞
は、寄席でいえば、“色物さん”。・・・小さな子どもたちを見
れば、誰しも頬が緩むものです・・・。

「蝸牛」。新千作師の弟である七五三師、従弟であるあき
ら師に、先代千作氏の弟子の松本薫師という組み合わせ。

蝸牛は、比較的若手で見ることが多いように思うので、こ
の顔合わせはなかなか貴重。

しかし、こともあろうに、山伏とカタツムリを間違えるなんて。
落語の「子ほめ」で、ジイサンと赤ん坊を間違えるくだりを、
いつも思い出すのです。

「住吉」。おそらくは能の演目の中で舞われる小舞なのだと
思うが、知識不足で調べきれなかった。どなたかご教示くだ
さい。

「鮒」。こちらは偶然にも、7月の能楽堂公演で見た演目、
能「白鬚」の中に登場する小舞。・・・分かったのがなんだか
嬉しいよ。

だけど、プログラムにもう少し詳しく、演目を紹介しておいて
欲しかった。

野村万作、萬斎両師は、狂言和泉流。万作師は、萬師の弟
で、萬斎師は、万作師の息子。

「花子」。トリの演目は、やはりこれですか。

恐妻家のくせに浮気者の男が、なんとか怖い妻に隠れて、
花子という女を訪れようとする。
持仏堂に籠ると宣言し、太郎冠者を身代わりにして、まんま
と抜け出した。

花子との一夜を過ごした男、帰宅して太郎冠者にその経緯
を語るが、実はその相手は・・・?

浮気男と怖い妻、間で苦労する使用人・・・という構図は、ど
の時代にもありそうで、もしかしたら身に覚えのある向きも、
客席におられるのでは?

・・・・という意味では、ごく分かりやすい物語なのだが、中で
歌われる、小唄、謡などは、到底、一筋縄では行かない。

新千五郎師、1時間の長丁場、お疲れ様。大変、見ごたえ
のある曲でした。

後見についた、宗彦、逸平ご兄弟(新千五郎師の従弟)が
そのまま舞台に残り、附祝言「猿唄」で、めでたくお開き。

 俵を重ねてめんめんに、楽しうなるこそめでたけれ
posted by JTm at 09:22| 狂言 | 更新情報をチェックする

2016年10月30日

2016.10.29 国立能楽堂企画公演

2016.10.29 国立能楽堂企画公演 古典の日記念〈安宅の関の山伏問答〉

演目
講談「勧進帳」       神田松鯉
  (休   憩)
能「安宅-延年滝流・問答之習・貝立貝付」(金剛流)
   シテ(弁慶)=金剛永謹、子方(義経)=廣田明幸、
   ツレ(義経の郎党)=金剛龍謹、種田道一、豊嶋晃嗣、
            山田伊純、惣明貞助、豊嶋幸洋、
   ワキ(富樫某)=福王茂十郎、
   アイ(富樫の従者)=山本泰太郎、アイ(強力)=山本則俊
   囃子方 笛=一噌幸弘、小鼓=大倉源次郎、大鼓=柿原崇志
   後見=廣田泰三、廣田幸稔、工藤貢、
   地謡=遠藤勝實、山田純夫、元吉正巳、宇高通成、
      坂本立津朗、松野恭憲、見越文夫、今井克紀

兄・頼朝と不和になった義経一行は、奥州の藤原氏を頼って、
北陸道沿いに、平泉を目指す。

一行が山伏に身を変えていることを知り、頼朝は、各所に新し
い関所を設け、山伏を厳しく詮議。

そんな関のひとつ、安宅(現、石川県小松市)の関に、義経主
従が差しかかろうとしている・・・・

歌舞伎の「勧進帳」でも有名な物語だが、この演目が歌舞伎に
取り入れられたのは、江戸時代も終わり近く、七代目の市川團
十郎が、能の様式を取り入れて上演した。

今回はそのもととなった能を見る。事前にプログラムを読んで
驚いたのは、もともと、能には「山伏問答」がない、ということ。

山伏問答は、実際に修験道の修行の一環として行われるもの
だそうだが、それが講談に入り、さらに歌舞伎の勧進帳に取り
入れられたとのこと。

能では、金剛流だけに「問答之習」という小書(特殊演出)があ
り、それが付いた時だけ「問答」が行われる・・・どうやら、これ、
歌舞伎からの“逆輸入”らしい。

まずは講談。
「勧進帳」は、現在、それほどポピュラーな演目ではないようで、
松鯉先生も「8年ぶりくらい」と。

聞いていて気付いたのは、勧進帳の読み上げと問答の順序が、
歌舞伎のそれとは逆になっているということ、それと、最後の
見せ場である、弁慶の「延年の舞」がなかった・・・ま、これは当
然ではあるけれど。

講談師さんにとっては、アウェイ感ただよう空間であるはずの
能楽堂だが、さすがに“武士”(夢丸師曰く)の松鯉先生、まっ
たく動じず、いつも通りの落ち着いた語りだった。

さて、お能。恥ずかしながら、歌舞伎の「勧進帳」を、まともに
最後まで見られたことがない・・・いつも、途中で熟睡。

そんなわたしが、能の「安宅」。

ところがね・・・これが、すっごく面白かった。

松鯉先生の、“レクチャー”、そして、プログラムと字幕の解説
が、非常に適切だった・・・のだと思う。(今度、歌舞伎を見る
時は、忘れずにこのプログラムを持って行こう)

弁慶と富樫の緊迫したやりとり、主である義経を打ち据える
弁慶の苦悩(これ、義経が子方だけに、見ていて余計に辛い)。

もう、途中から、完全に弁慶に感情移入。
無事、義経を脱出させた時には、思わず安堵のため息が・・・。

まさに、「虎の尾を踏み、毒蛇の口を逃れたる心地」という謡
の詞通りの気分を味わった。

いい企画でした。能楽堂さん、ありがとう。
posted by JTm at 08:31| | 更新情報をチェックする

2016年10月29日

2016.10.28 芸術祭寄席@国立演芸場

2016.10.28 芸術祭寄席

演目
柳家小多け        (落語)子ほめ
京山幸枝若        (浪曲)大石と垣見の出合い
   曲師:一風亭初月、ギター:京山幸光
神田陽子         (講談)南部坂雪の別れ
柳亭市馬         (落語)淀五郎
  (仲 入 り)
京都上七軒芸妓連中    (座敷唄)仮名手本忠臣蔵俗曲十二段返し
   囃子:藤舎清之連中
鏡味仙三郎社中      (茶番・太神楽曲芸)
桂 米團治        (落語)七段目
                  (三味線:太田その)

いつのころからか恒例になった、国立演芸場の芸術祭
参加公演、今年は国立劇場開場50周年記念も兼ね、
“裏”に合わせて、忠臣蔵特集。

いつもと違うなーという印象は、会場に知った顔が見え
ない・・・・そんな中、唯一出会った友人が、偶然にも隣
の席。

幸枝若。初代の息子で、2004年に二代目を襲名と、
プログラムに紹介されていた。関西でご活躍とのことで、
わたしはもちろん、お初です。

吉良邸討入りが決まって、京都・山科を出立することに
なった大石だが、討入り用の武器を持っては、関所を
通過出来ない・・・と、ほぼ同時期に京を立つ、九条関
白家の垣見左内の名を借りて、「禁裏御用」の札を掲
げて切り抜けることに。

無事に箱根の関を越えて、神奈川の宿。ここでなんと、
江戸から帰京する垣見左内と鉢合わせ・・・

まあ、そんな物語。安宅の関の弁慶と富樫みたい。

浪曲の伴奏?に、三味線ばかりかギター(下手の簾内
から)まで加わったのは初めて聞いた。

陽子「南部坂雪の別れ」。これは元禄忠臣蔵だなぁ・・・。
歌舞伎だと、最後、大石の本心を知った瑶泉院が、門
外の大石と目を合わせて見送るシーンが、確かあった
のだけれど、講談では、大石は本心を知られぬまま、
ひっそりと去って行く。・・・なんか、可哀そうだ。

市馬「淀五郎」。前々日に聞いたばかりの雲助師のそ
れと、ほぼ同じ運びだったが、雲助師ほど芝居をたっぷ
りは見せないようだ。

市馬師、落語より、浪曲の続きをうなりたかったかも?

仲入り後は、京都上七軒のきれいどころが6人(唄、
三味線3人ずつ)並び、仮名手本忠臣蔵の十二段を
30分足らずで。・・・“裏”では三か月がかりなのにね。

でも、寄席に行くと、柳家小菊師匠が、3分ほどで演っ
ておられますが・・・(と、これは隣席の友人の指摘)。

上七軒は、京都市上京区、北野天満宮近くの花街。
西陣の織物産業関係を顧客に栄えたとのこと。

いったん、幕(定式幕)を引き、舞台の片付けが済む
までと、幕外で鏡味仙志郎、仙成両人の茶番、「お餅
つき」。長いのと平たいの、二つの太鼓を重ねて臼に
見立て、餅つきをする・・・というご趣向。

これ、面白かった。寄席でも演れば?

続いての曲芸は・・・ま、いつもの、です。

米團治。相変わらずの若旦那だが、1958年生まれ
だから、もう、立派に“アラカン”ですねぇ。

米朝師匠の話から始まったから、「いつまで親の七
光り・・・」と、あきれたけれど、聞いているうちに、この
人は、もう、いっそ、このままで押し通すことが、「個性」
なのかな・・・と、思えて来た。

ある意味、それも凄いよね・・・そのためには、これか
らもずっと若々しくいてください。同世代としては、“希
望の星”でもありますゆえ。

で、「七段目」。明るく、陽気に、馬鹿馬鹿しく。
東京で演じられるのとは、出てくる芝居の演目が、ビ
ミョーに違っているようです。
posted by JTm at 09:33| 落語 | 更新情報をチェックする