2019年11月30日

2019.11.30 東次郎家伝十二番@横浜能楽堂

2019.11.30 東次郎家伝十二番 第八回

演目
狂言「三本の柱」
 シテ(果報者)=山本泰太郎、
 アド(太郎冠者)=山本則孝、(次郎冠者)=山本則重、
   (三郎冠者)=山本則秀
 囃子方 笛=槻宅 聡、小鼓=森澤勇司、
     大鼓=大倉慶之助、太鼓=大川典良
 後見=若松 隆、寺本雅一
  (休  憩)
狂言「八尾(やお)」
 シテ(閻魔王)=山本東次郎、アド(罪人)=山本凛太郎
 囃子方 (上記に同じ)
 地謡=山本則俊、山本則孝、山本則重
 後見=山本泰太郎、山本則秀

12か月全部見る!という意気込みでセット券を購入し
たのに、9、10月と二か月続けて、野暮用で行けず、
チケットを手放す羽目に。
という訳で、満を持しての第八回。

「三本の柱」。家の普請のために伐り出した材木を、
裏山に取りに行く三人の召使・・主人は、「三本の木
を三人の者が二本ずつ持ってこい」と。

まるでなぞなぞだね・・一本ずつ担げば十分じゃない
か?と思うのだが、ひとり一本ではどうやら重すぎる
ようだ。

三角に並べた木の端をそれぞれ両肩に担ぐと・・あー
ら不思議、三本の木を三人が二本ずつ担ぐことに。
重さも軽減される・・と言っていたけれど、これは多
分に気のせい?

山の細い道をこのかたちで歩けるのか?と、いささか
心配になるが、そんなことは考えちゃいけません。
協力することの大切さを説くお話。

主人の果報者と三人の冠者の4人の演者は、みなさん
70年代生まれの従兄弟同士。山本家の次代を、協力し
て担っていって欲しいものです。

「八尾」。以前に一度、和泉流で見ているが、大蔵流
では初めて。

人々が利口になって、みんな極楽へ行ってしまい、地
獄が寂れて・・と嘆く閻魔王が、自ら六道の辻に立ち、
罪人を地獄へ連れて行こうとする。

そこで遭遇したひとりの罪人、何やら一通の手紙を持っ
ている。果たしてそれは・・?

八尾というのは、現在の大阪府八尾市で、市内にある
常光寺という寺院に祀られているのが八尾地蔵。

罪人の男が持っていたのは、この八尾地蔵から閻魔王
に宛てた手紙。

どうやらこの地蔵と閻魔王は、古い馴染みらしい・・
地蔵菩薩は、地獄に堕ちた者たちを救済する仏様だか
ら、地獄の閻魔王と知り合うこともあるだろう。

しかし、閻魔王が「あの地蔵は若いころは大した美僧
で・・」などと仰るところを見ると、なんか、フツー
の関係ではないような気が・・。

というわけで閻魔王と罪人は、ふたりして地蔵の手紙
を読むことに。

なんと、「この男は自分の熱心な信者の身内なので、
ぜひとも極楽へやってくれ」と書いてある・・らしい。

すいません、この部分の謡がとっても難しくて、何を
言いたいのかよく分かりませんでした。
帰ってからものの本で調べたら、そんなことが書いて
あったので。

地獄へ罪人を連れて行くはずだった閻魔王・・それな
のに、逆に極楽への道案内をさせられてしまうことに。

・・うーん、やっぱり八尾の地蔵に、何か弱みを握ら
れてるんじゃない・・?
posted by JTm at 21:51| 狂言 | 更新情報をチェックする

2019.11.29 左龍・甚語楼の会@お江戸日本橋亭

209.11.29 第23回 左龍・甚語楼の会

演目
左龍&甚語楼    (トーク)
柳亭左ん坊     子ほめ
柳家甚語楼     二番煎じ
  (仲 入 り)
柳亭左龍      文七元結

いつもは二席ずつのこの会だが、今回はどちらも長講
ということで一席ずつ。

オープニングトークはそのプログラムの説明から派生
して・・だったけれど、うーん、これはやっぱりオフ
レコでしょう。

左ん坊「子ほめ」。7月下席から楽屋入りしたらしい。
見習い時代から高座を勤められたのは幸運だったね。
子ほめは二度目。破綻はないが、まだ硬いな・・。
「どう見ても半分」で終わらず、短歌の下の句をつけ
るサゲまで通した。

甚語楼「二番煎じ」。先月末に権太楼師匠で聞いたの
がこの冬の初聞きで、思いがけなく師弟で続けて。
甚語楼師のはお初かも。

おそらくは権太楼師匠直伝だろうなと思える噺だった
が、師匠よりかなり長くて50分近く・・権太楼師は40
分弱・・どこが違うのかはよく分からないけれど。

役人が来て大慌ての中で、ひとり奇妙な句をひねって
いる黒川先生が傑作だった。

左龍「文七元結」。こちらもたぶん、さん喬師匠から
に違いないと思える運び。ただ、口演時間は40分ほど
で・・さん喬師だったら50分超だろうな。
上がった時すでに「予定時間を大幅超過」と言ってい
たので、もしかしたら途中を端折ったのかもしれない
けれど。

佐野槌の女将がいい味だったのだが、顔を見ていたら
どうしてもあの、「名古屋場所砂かぶりの女性」に見
えてきて・・とっても困った。

左龍師匠、ごめんなさい・・。
posted by JTm at 10:51| 落語 | 更新情報をチェックする

2019.11.29 国立能楽堂企画公演

2019.11.29 国立能楽堂企画公演 能と組踊

演目
組踊「二童敵討(にどうてきうち)」
 あまをへ=眞境名正憲、
 鶴松=宮城茂雄、亀千代=田口博章、
 母=親泊興照、
 供=親泊久玄、新垣 悟、嘉手苅林一
 きやうちやこ(塗桶)持ち=玉城 匠
 歌・三線=西江喜春、玉城和樹、神谷大輔
 筝=宮里秀明、笛=宮城英夫、
 胡弓=平良 大、太鼓=比嘉 聰
  (休  憩)
能「放下僧(ほうかぞう)」(観世流)
 シテ(小次郎の兄)=観世清和、
 ツレ(牧野小次郎)=坂井音雅、
 ワキ(利根信俊)=森 常好、
 アイ(利根の従者)=山本東次郎
 囃子方 笛=一噌隆之、小鼓=大倉源次郎、大鼓=亀井広忠
 後見=武田宗和、上田公威、坂口貴信
 地謡=関根祥丸、木月宣行、武田宗典、浅見重好、
    坂井音晴、岡 久広、坂井音隆、角幸二郎

組踊は、沖縄の伝統芸能。薩摩の支配下にありながら、
中国の王朝の冊封も受けていた江戸時代の琉球にあって、
王の代替わりごとに、中国から遣わされる使者をもてな
す芸能であった。

薩摩が琉球を完全に支配下に置いたのは、江戸時代のご
く初期だが、それ以降、琉球に大和文化が流入し、冊封
使歓迎のための芸能にも、大きく影響したという。

今回の企画公演は、組踊と能のよく似た演目を並べて、
その比較をしようという試みらしい。

初日は「羽衣」と「銘苅子」、そしてわたしが見たのは
二日目の「放下僧」と「二童敵討」である。

「二童敵討」。王位を狙うあまをへは、敵対する護佐丸
を一族もろとも滅ぼす。しかし、秘かに逃れて隠れ住む
幼い兄弟が・・

この兄弟の仇討がテーマ。

もう天下に手が届いたと喜ぶあまをへは、部下を連れて
野遊びに。ふたりの兄弟は、美しい若衆として登場し、
あまをへに踊りを見せ、酒を呑ませて油断させ・・

と、ここでふと思い出す。
これ、先月見た「望月」という能と似ている・・
あちらは、兄弟ではなく、母子だったけれど。

後半の「放下僧」もまた、同じパターンで、どうやら能
にはよくある筋立てのようだ。

若い兄弟の役は、女性?と見まごうほどに美しく化粧し
て、装束もまた華やかで美しい。女性と同じように若衆
を愛でた時代・・とプログラムの解説にあったが、陶然
としたあまをへが、油断するのも無理はない・・という
美しさだった。

「放下僧」。放下というのは、中世に流行した雑芸で、
その一部は今の江戸太神楽に受け継がれているそうだ。

父を殺された小次郎は、幼いころに出家して僧になって
いる兄とともに、仇討を志す。ふたりは放下に身をやつ
して、仇に近づこうと・・

僧の兄が放下に化けるから「放下僧」。そして仇の利根
某が、なぜか禅問答が大好き・・というのは、現代人か
らはよく分からない設定だけれど、僧として修行を積ん
できた兄には大いに幸い。

主人が一度は拒否した放下を、自分が見たいばかりに引
き入れてしまう従者。これが言うなと言われていた主人
の本名を、うっかり口にしてしまうのも「望月」と同じ。

セリフもしどころも多い従者役に、山本東次郎師・・
いい配役です。

最後、いざ仇討となって、兄弟が名乗りをあげる寸前に、
脇座にいた利根某が、すっと立って切戸口から退場して
しまったのは、正直言ってびっくり仰天。

え・・どうして、どうして?・・・
と思っているうちに、物語はどんどん進行して、何事も
なかったかのように、兄弟は本懐を遂げる。

人を殺す場面は、たとえ仇討であっても具体的にはあら
わさない・・それが、能の象徴性ってことなのか?

・・ん?・・先月の「望月」は、どうだったかな。
困ったことに、もう忘れてます。情けない・・・。
posted by JTm at 10:47| | 更新情報をチェックする