2017年03月20日

2017.3.18 茂山狂言会50周年記念@金剛能楽堂

2017.3.18 茂山狂言会50周年記念

演目
お話「狂言愛好者の一人として」  
       壬生寺副住職 松浦俊昭
狂言「福部の神(ふくべのしん)」勤入
    福部の神=茂山あきら、
    鉢叩き=茂山宗彦、茂山逸平、
        茂山千五郎、茂山 茂。島田洋海、
        井口竜也、松本 薫、丸石やすし 
        後見=鈴木 実、増田浩紀
    囃子方 大鼓=谷口正壽、小鼓=曽和鼓堂、
        太鼓=前川光長、笛=森田保美 
舞拍子「船弁慶」
        金剛龍謹
    囃子方 大鼓=谷口正壽、小鼓=曽和鼓堂、
        太鼓=前川光長、笛=森田保美 
    地謡=惣明貞助、宇高徳成、豊嶋幸洋、
       種田道一、廣田幸稔
  (休   憩)
小舞「暁の明星」     茂山竜正
小舞「府中」       茂山 蓮
小舞「幼けしたるもの」  茂山慶和
小舞「柳の下」      茂山鳳仁
小舞「七つに成子」    茂山虎真
   以上の地謡=逸平、宗彦、茂、山下守之
狂言「狸腹鼓」
    伯母実は狸=茂山千三郎、
    喜惣太=茂山童司    後見=千五郎、松本
    囃子方 大鼓=谷口正壽、小鼓=曽和鼓堂、
        太鼓=前川光長、笛=森田保美 
狂言「木六駄」
    太郎冠者=茂山七五三、茶屋=茂山千作、
    主人=茂、伯父=網谷正美  後見=宗彦、逸平
附祝言「猿唄」   茂山宗彦、茂山逸平

1967年の第一回からちょうど50年という節目
の会だそうで、その第一回と同じ演目を再現。

まずは来賓のご挨拶・・・50年前は、ノーベル
賞受賞者の湯川秀樹氏だったそうで、「だいぶ
見劣りが・・」と、松浦俊昭師。

壬生寺には、壬生狂言が伝承されてあり、俊昭
師も、少年時代から演じて来られたとのこと。
1月の、国立劇場での公演を見たので、ちと懐
かしい・・国立にも来ておられたのだろうか?

「福部の神」。これはお初の演目。
もともとは、能「輪蔵」のアイだそうだが、独
立でも演じられるとのこと。

笹に茶筅を付けた鉢叩き連中が、北野神社の末
社、紅梅殿に参詣して、ひょうたんや鉦を叩い
て念仏を唱える。(この鉢叩き歌が入るのを「勤入」
という)

歌い、踊る陽気な念仏に、神様も浮かれたのか、
ふと姿を現し、共に酒を酌み、歌い、踊る・・・

よく掛かる「福の神」と同じような内容だが、
登場人物が多い分、やけに陽気である。

中世に、このようなかたちの門付け芸能があっ
たそうで、その演じ手たちはまた、茶筅を作っ
て売り歩く人でもあったのだそうだ・・・とい
うことは、あとで調べて判明。現場では、ただ
ただ、頭の中に疑問符が林立。

舞拍子「船弁慶」。50年前の公演では、金剛巌
師が演じたが、今回は、孫の龍謹師。

能「船弁慶」の中の、知盛の霊が義経一行の乗っ
た船を襲う場面・・・勇壮な舞である。

装束を付けず、黒紋付に袴といういで立ち。普段
は面の下のシテ方のお顔を、じっくりと拝見。
・・・いやー、イケメンだわぁ・・・。

休憩後は、茂山家の次代・・次々代を担う、坊や
たちの小舞から。

こればかりは、50年前には無かったね。
・・・半世紀前の茂山家には、このくらいの年齢
のお子さんはいなかったはずだから。

現千作・七五三のご兄弟が、二十歳そこそこ。
末弟の千三郎さんは赤ちゃんだ。あきら師が10代
半ばくらいかな?・・・今回の坊やたちのパパた
ちは、まだ、影も形もない時代だ。

みんなよくガンバリマシタ。地謡のパパたちも。
竜正くん、虎真くん、ぐん!と背が伸びて、もう、
坊やなんて呼んだら怒られそうです。

「狸腹鼓」。“害獣”である狸を退治するうちに、そ
のこと自体が楽しくなってしまった喜惣太。仲間を
殺された古狸が、その伯母に化けて、殺生の罪を説
き、狸狩りを止めさせようとする。

お馴染み?「釣狐」と似たような物語だが、後半、
狸の化けの皮が剥がれてからは、「狸なら腹鼓を」
と言われた狸が打つ腹鼓に、喜惣太が浮かれ、俄然、
楽しくなって来る。・・・そして、最後の大逆転・・・

狂言としては深刻な「釣狐」より、ちょっとユーモ
ラスな感があるのは、狐と狸のイメージの差か。

この狸役、伯母に化けた狸に扮する間は、装束も面
も二重にまとっていて、しかも、伯母の扮装を、舞
台上で解く。・・・体力的には、狐より辛いのでは
ないか?・・・千三郎さん、お疲れ様です。

「木六駄」。昨夏、国立能楽堂の企画で、各派・家
の演出の違いを見た演目。

そのとき聞いた話では、もともと茂山千五郎家では
この演目は絶えていたが、明治の初期に、和泉流か
ら取り入れたとのことだった。

しかし、酔った太郎冠者が興に乗って舞う「鶉舞」
は、逆に、千五郎家から和泉流・三宅藤九郎に伝わっ
たという説もあるらしい。

異流・家の交流は、今に始まったことではない、と
いうことか。

七五三師の太郎冠者、千作師の茶屋・・・息の合っ
たやりとりは、ご兄弟ならでは。・・・なにせ、
60年超の共演者同士ですからね。

七五三師の追う牛がね・・・ちゃんと見えてくるん
ですよ、なんとも不思議なことに。

最後の附祝言は、宗彦・逸平のご兄弟で。いつもよ
り少し長く。「楽しゅうなるこそめでたけれ」と。
posted by JTm at 13:18| 狂言 | 更新情報をチェックする