2017年10月27日

2017.10.27 「狩野元信」展@サントリー美術館

2017.10.27 「狩野元信」展

年間パスのおかげで、全5回通って、展示替をすべて
コンプリート。

狩野元信は、狩野派の二代目にして、かの永徳の祖父。
室町~江戸時代に、画壇をリードした狩野派の基礎を
築いた人物である。

日本各地の博物館、美術館、神社仏閣、米国・ボスト
ン美術館に所蔵されている元信作品や関連作、全94点
が紹介されている。

大画面の障壁画や宗教画が、展示の“目玉”であるが、
個人的には、京都・清凉寺所蔵の「釈迦堂縁起絵巻」
第三巻に、大いに興味をひかれた。

この絵巻は、嵯峨釈迦堂と呼ばれる清凉寺と、そこに
伝わる釈迦像の由来を描いたもの。署名はないが、作
風その他から、元信自身の作と見られているそうだ。

その中で、第三巻には、清凉寺の釈迦像の縁起が語ら
れている。

釈迦の在世中に、古インド・コーシャンビーの優塡王
(うてんおう)が、釈迦の像を彫らせ、釈迦はこれを
見て、「我亡き後は、この像が人々を救う」と、未来
を託したという。

しかし、釈迦の没後、1300年余りで、コーシャンビー
では、廃仏運動がおこり、この釈迦像も廃棄されそう
になる。そこで、鳩摩羅炎という人物が、この像を、
中国の西域にあった亀茲(きじ。現在のクチャ)国に
“逃がす”ことになる。

現在展示されている場面が、その道中を描くものなの
だが・・・「昼は鳩摩羅炎が釈迦像を背負い、夜はな
んと、釈迦像が鳩摩羅炎を背負った」というのだ。

きゃー、なにこれ、まんま、「お血脈」じゃん!

ま、落語ファンならではの感想です・・馬鹿だねぇ。

写真を掲載できないのは残念だが、鳩摩羅炎が仏を背
負う場面には丸く太陽が輝き、仏が鳩摩羅炎を背負う
場面は、半月が照らしている・・歩くのは険しい山道。


クンジュラブ峠だろうか・・・それにしては緑が多い
ような気もするが。

「釈迦堂縁起絵巻」第三巻は、会期末の11月5日まで
この場面を展示。31日(火)は、特別開館で、休館日
はもうないそうです。
posted by JTm at 15:37| 展覧会 | 更新情報をチェックする