2018年09月20日

2018.9.19 千作千五郎の会@国立能楽堂

2018.9.19 第四回 千作千五郎の会

演目
狂言「鎧」
   果報者=茂山千作、太郎冠者=茂山千五郎、
   すっぱ=茂山宗彦     後見=鈴木 実
  (休   憩)
狂言「舟船(ふねふな)」
   主人=茂山七五三、太郎冠者=千作
                後見=島田洋海
狂言「磁石」
   すっぱ=千五郎、見付の宿の男=茂山 茂、
   宿の亭主=茂山逸平    後見=島田
附祝言「猿唄」      島田洋海

「鎧」。持ち物自慢の会が“鎧比べ”なので、果報者(主人)
は、召使の太郎冠者を、都に鎧を買いに行かせる。
ところが、太郎冠者、鎧がどんなものなのか、どこに売っ
ているのか、まったく知らず・・・

狂言にはよくあるパターンで、「鎧買おう!」と呼び歩く
田舎者に、都のすっぱ(詐欺師)が目をつける。

まんまと、鎧ならぬ鎧について書かれた文書を売りつけら
れた太郎冠者、喜び勇んで帰宅するが・・・

ちょっと珍しいのは、実は主人の果報者も、鎧のことをまっ
たくわかっていないらしい・・縅(おどし=鎧の小札を綴
り合せること、またはそうして作る鎧の様式)と、“脅し”
の区別がついてないのだから。
・・・鎧なんか不要な、平和な世の中なんですね。

そのしるしに、太郎冠者が読み上げる“鎧”の詞は、「弓は
袋を出さずして、剣は箱に納むれば」と、武器が無用であ
る御代を語っている。

この鎧の詞、新春の「舞初式」で、最初に語られるものだ。
新しい年の平和であることを祈る意味、なのでしょうね。

「舟船」。西宮見物に行く主従。途中の神崎の渡し(兵庫
県尼崎市)で、渡し船を呼ぼうと、太郎冠者が叫ぶ。
「ふなやーい!」。

「“ふな”じゃない、“ふね”だ」と言う主人に、太郎冠者は・・・

古歌や謡を引いて、自らの説を主張するふたり・・ところ
が、どうも、主人の方が分が悪く?

確かに、船着き場、舟人、船出と、“ふな”が多い。
これ、上方落語に出てくる、「大坂には“ばし”はあるが、
“はし”はない」というくだりを思い出す。(心斎橋、天神
橋、戎橋など、すべて“ばし”)

そして、年配のおふたりの、他愛ない口喧嘩というのは、
落語「笠碁」に通じるなぁ。

「磁石」。これは今年4月の春狂言にも出た演目。一曲目
に続き、田舎者とすっぱのお話だが、どうやらこの田舎者
は、なかなか目端の利く男のようで・・。

遠江・見付から都に上る男が、途中、大津・松本の市で、
人買いのすっぱに出会う。

すっぱは、まんまと男を騙し、仲間の宿に連れ込むが、様
子を怪しんだ男は、宿の亭主とすっぱの会話を盗み聞き、
その裏をかく・・・。

太刀を向けられた男が、「俺は唐土と日本の境にある磁石
山に住む“磁石の精”だ!」と・・一瞬、本当かと思ったよ。
(狂言にはよく、ナントカの精ってのが出てくるので。蚊
とか、蟹とか)

しかしこれは、真っ赤な嘘で、見事、すっぱを騙し返した
男は、すっぱの金と太刀まで取り上げる。

この磁石山(じしゃくせん)という発想、いったいどこか
ら?と思ったら、どうやら仏教の教えと関係するらしい。

釈迦が説法を行った霊鷲山(りょうじゅせん。インド、ビ
ハール州)のことを、現地のバーリ語でギッジャクータ、
これを音訳して耆闍崛山(ぎじゃくっせん)と呼ぶのだそ
うだ・・・磁石山は、どうやらここから、音だけ借りた、
パロディということなのだろう。

当時(狂言の成立した中世)の人たちには、ちゃんと通じ
たのかな、この面白さが。
現代人には、無理だよね・・・。
posted by JTm at 11:07| 狂言 | 更新情報をチェックする