2019年05月30日

2019.5.29 素浄瑠璃公演「出世景清」@紀尾井小ホール

2019.5.29 素浄瑠璃公演「出世景清」

演目
解説      葛西聖司&渡辺保
「出世景清」阿古屋住家の段
        太夫=豊竹呂勢太夫
        三味線=竹澤宗助
  (休  憩)
解説      葛西聖司
「出世景清」観世音身替の段より清水寺の段
        太夫=竹本三輪太夫
        三味線=鶴澤燕三
(近松門左衛門=作、鶴澤燕三=作曲、
 鳥越文藏=発意・監修)

「出世景清」は、近松門左衛門の初期作で、竹本義
太夫と提携した最初の作品とのこと。歌舞伎十八番
の「景清」の元となった作でもある。

しかし、文楽では貞享2(1685)年の初演以来、ほ
とんど上演されていなかった。それが、昨年、鶴澤
燕三師の作曲により、山口県で通し上演された(一
部人形付き)。

今回は、素浄瑠璃で一部のみの上演だが、東京では
初ということもあり、チケットは即日完売、追加公
演も決まったそうで・・

冒頭の対談形式の解説で、この作品の意義、上演ま
での経緯、昨年上演時の裏話(大豪雨の最中だった
そうだ)などが語られる。

この作品は、中世以来の宗教性の高い古浄瑠璃が、
演劇性の高い人間ドラマに進化した近代の浄瑠璃に
変わるきっかけとなった作品だという。

昨年の公演は初演以来の通し公演だったが、それ以
前に一部は復活されて、昭和60(1985)年と翌年の
2回、上演されている。

この時の作曲は、今回の燕三師の師匠である五代目
燕三師。しかし、昨年の通し公演では、当代燕三師
は、敢て師匠の曲には添わず、すべて新たに作曲し
たのだそうだ。

物語は、平家滅亡後に、生き残った平家の将・景清
が、源氏の頭領・頼朝を着け狙うことから始まる。

当然、源氏方は景清を捕えようとする。

景清は熱田の大宮司に匿われ、その娘である小野の
姫と結婚。しかし、京には愛人でふたりも子どもの
いる阿古屋がいる。

奈良の大仏再興の供養に、頼朝が現れると考えた景
清はその現場に赴くが、正体を見破られて失敗、帰
途に信仰する清水寺に参るついでに、阿古屋と子ど
もたちのもとを訪れる。

ここからが、今回上演の前半「阿古屋住家」になる。

阿古屋と子どもたちに再会した景清は、清水寺参詣
に・・その留守に現れるのが、阿古屋の兄・十蔵。

十蔵は、景清を訴人して恩賞を得ようと、妹をそそ
のかすが、阿古屋はもちろん聞き入れない。しかし、
そこに、熱田の小野の姫からの手紙が届き・・

「まさか、阿古屋なんていう遊女にうつつを抜かし
ているんじゃないでしょうね!」

平たく言えばそんな感じの手紙。読んだ阿古屋は逆
上し、ついには兄に加担して、景清を訴える。

いやはや・・・これ、悪いのは誰でしょうね?
十蔵?・・違う違う、一番悪いのは女ふたりを手玉
にとった景清でしょう!

この訴えで景清は捕らえられ、牢内へ。
その牢内の景清を訪れた阿古屋は許しを請うが、景
清は頑として許さず、阿古屋は子どもふたりを道連
れに自害。

そして、景清も処刑されるが・・

というところから、後半の上演部分へ。

景清は、斬首になり首はさらされる・・ところが、
「まだ牢内にいます!」との報告。さらされた首を
実検に訪れる頼朝。その目の前で、景清の首は、観
音菩薩の首に・・・

信仰する清水の観音様の御利益で、命の助かった景
清。これを見た頼朝も、その霊験を感じて処刑を免
じ、日向の国宮崎の庄を与える(流罪ではなく領地
を与えるのだ)。

その厚情に、景清も感謝し、頼朝を害することは止
めると言う。

打ち解けて、昔の戦話に興じるふたり・・一段落し
て頼朝が席を立つと、景清は・・?

解説の渡辺氏が、「戦話をするうちに、景清の身の
うちから、またふつふつと憎しみが込み上げた。理
性ではもう狙わないと決意したはずだが、心がつい
て行かない」と話しておられた。

これはまさにその通り・・昨今の事件のように、理
不尽に命を奪われた方の身内の方たちなど、法の裁
きと自らの復讐心の間で、同じような葛藤を持たれ
るに違いない。

前半は「女と女」、後半は「男と男」の対決。
そして、観世音信仰。

なるほど、古浄瑠璃から新しい浄瑠璃への過渡期の
作と言われることに納得。

そして、落語「景清」の中で、定次郎が清水の観音
様に貰う景清の眼が、どうしてそこにあったのか?
という疑問も解消(笑)


これ、ぜひとも、人形をつけて、本公演で上演して
貰いたいのだが・・・実現の日は来るのかどうか。
posted by JTm at 15:25| 文楽 | 更新情報をチェックする