2019年12月23日

2019.12.22 横浜能楽堂普及公演

2019.12.22 横浜能楽堂普及公演
      眠くならずに楽しめる能の名曲

演目
解説「本当は怖い羽衣」   
                    中村雅之(横浜能楽堂芸術監督)
狂言「業平餅」(和泉流)
 シテ(在原業平)=井上松次郎
 アド(餅屋)=石田幸雄、
 小アド(布衣)=高野和憲、(稚児)=小林立季、
 (侍)=内藤 連、(随身)=飯田 豪、石田淡朗、
 (沓持)=月崎晴夫、(傘持)=佐藤友彦、
 (餅屋の娘)=中村修一
 後見=佐藤 融、深田博治
  (休  憩)
能「羽衣」(宝生流)
 シテ(天人)=和久荘太郎、
 ワキ(漁夫白龍)=工藤和哉
 ワキツレ(漁夫)=則久英志、野口能弘
 囃子方 笛=松田弘之、小鼓=幸 正昭、
     大鼓=佃 良勝、太鼓=小寺佐七
 後見=宝生和英、髙橋憲正
 地謡=辰巳大二郎、辰巳満次郎、内藤飛能、大坪喜美雄、
    東川尚史、武田孝史、澤田宏司、髙橋 亘

能の公演を、国立能楽堂以外で見ることはあまりない。
・・というのは、国立は主催公演だと、字幕があるの
です・・もう、それだけが頼り。

それが、「眠くならずに・・」という惹句に惹かれて
つい、横浜遠征ということに。一応、ざっと予習はし
て行ったんですけれどね・・。

案の定、字幕は無し、詞章のプリントもなし。あー、
謡本、持ってくればよかったと思っても、あとの祭り。

となれば、最初の解説が唯一の頼り。
講師の中村氏には、『眠くならない能の名曲60選』と
いう著作があるそうな。

今回上演の狂言と能は、いずれも“デフォルメ”の曲だ
そう・・「業平餅」は実在の人物・在原業平の、「羽
衣」は各地に伝わる羽衣伝説のデフォルメ。

デフォルメというのは、もともと「変形」とか「誇張」
の意味・・つまり、パロディみたいなものか。

そして、いわゆる羽衣伝説の多くは、天人に衣を返さ
ず、“拉致”して妻や養女にしてしまう形が多く、本当
はとても怖い話である、と。

しかし、能の「羽衣」は、漁師はすぐに衣を返し、天
人はこれに感謝して舞を舞うというストーリーなのだ
そうだ。

ユーモアを交えた分かりやすい解説・・感謝。

「業平餅」。大蔵流では何度か見たが、和泉流ではお
初。業平のお供の数が、少し違うようだ。

あと、「餅」そのものが出てこない。大蔵流では綿か
何かで作った餅が、三宝に載せられていたが、こちら
は、“あるつもり”での演技。

そして、大蔵流にはあった囃子は、こちらは無しだ。

それでも、旅の途中で茶屋に入って餅を所望するが、
お金がなくて・・という展開は同じ。色好みとして有
名な業平が、 「娘を都に・・」と言われて喜び、とん
でもない羽目に陥るという結末も。

なるほど・・デフォルメ、ね。

「羽衣」。浜辺の松に得も言われぬ美しい衣を見つけ
た漁師が、家宝にしようと手に取ると、その衣の持ち
主である天人が現れて、「返してください」。

しばしの交渉の後、天人のあまりの嘆きに同情した漁
師は、天人の舞を見せてくれたら返そうと言う。

でも、その衣がなくては舞えません・・いや、これを
返したら、舞など舞わずに帰ってしまうでしょ?

ここで天人の名セリフ。
「疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」

天人には二言はない・・これを聞いた漁師は、疑った
自分を恥じ、衣を返す・・喜んで舞を舞う天人・・

美しい話である。ある意味、あまりにも理想的すぎる
ような。・・けがれなき天上世界を垣間見たような。

やはり、字幕なしでは詞の端々まで聞き取れる・・と
いう訳には行かなかったけれど、詞にとらわれない分、
演者の微妙な動きに目が行って、また別の楽しみ方が
出来たように思う。

解説の先生のご著書を読んで、「眠くならない」演目
を選び、恐れずに国立以外の公演にも行ってみようか
・・・と、思いつつ、雨の中を帰路につく。
posted by JTm at 17:07| | 更新情報をチェックする