2020年01月14日

2020.1.11 国立能楽堂普及公演

2020.1.11 国立能楽堂普及公演

演目
解説・能楽あんない
 「八島のいくさを語り継ぐ」
   佐伯真一(青山学院大学文学部教授)
狂言「酢薑(すはじかみ)」(和泉流)
   シテ(酢売り)=髙沢祐介、
   アド(薑売り)=前田晃一
  (休  憩)
能「八島(やしま)」(宝生流)
   シテ(前・漁翁、後・源義経)=今井泰行、
   ツレ(男)=亀井雄二、
   ワキ(旅僧)=村山 弘、
   アド(浦人)=三宅近成、
   囃子方 笛=槻宅 聡、小鼓=住駒匡彦、
       大鼓=大倉正之助
   後見=朝倉俊樹、和久荘太郎
   地謡=今井 基、小倉伸二郎、金森隆晋、金井雄資、
      金森亮充、小倉健太郎、東川尚志、髙橋憲正

佐伯氏の解説は、「八島」の内容に即して、あらすじ
と、能におけるその表現方法について・・だったかな?
三日もたってしまったので、もはや霧の彼方。
すいません。

「酢薑」。薑というのは山椒あるいは生姜のことだそ
うだが、この演目ではおそらく生姜だろう。

摂津国の薑売りと和泉国の酢売りが、都で出会い、わ
れこそは商人の司と言い争いに。それぞれの商売の由
来を述べた挙句に、秀句を言っての競争に。

秀句というのは、いわゆる駄洒落。お互いにそんなこ
とを言い合っていたら、笑っちゃって争いどころじゃ
なくなるね・・という訳で、最後はふたり仲良く・・
生姜には酢はつきものだしね。

・・国と国の争いも、駄洒落で決着がつけられたらい
いのにな。

「八島」。八島は現在の香川県高松市の屋島で、江戸
時代の埋め立てで現在は陸続きとなっているが、中世
のころは本当の島だった。源平の決戦の場である。

能の演目としては、観世流では「屋島」、他の流派で
は「八島」と表記するそうだ。

旅の僧がこの地を訪れ、漁夫の小屋に一夜の宿をとる。
夜のつれづれに、昔のいくさの話を乞う旅僧に、老漁
夫は、三保谷四郎と悪七兵衛景清の錣引きのことや、
源義経の話を詳しく語る。

そのあまりの詳しさに、「あなたはいったいどなたで
す?」と問う僧・・老漁夫はこれには答えず姿を消す。

やがて、そこへ浦人がやってきて、見知らぬ僧が寝て
いるのに驚き、僧を起こす。浦人もまたかつてのいく
さのことを語り、先ほどの老漁夫はきっと義経の霊で
あろう・・供養してくださいと。

僧が待っていると、今度は甲冑姿の源義経が現れて、
自分が修羅道にいること、現世への執着を残していて
成仏出来ないことを語り、八島での弓流しの話をする。

ちなみに修羅道というのは、いわゆる六道のひとつで、
阿修羅のいる世界のことだそうだ。生前に醜い争いを
した人が生まれ変わる世界で、ここにいる人は、絶え
ず怒りに駆られて、激しい戦いを続けなくてはならな
いのだという。

義経もまた、この修羅道で、今もまだ激しい戦いに明
け暮れている・・・

供養しようという旅僧の心もむなしく、義経の霊は、
修羅道の鬨(とき)の声に呼ばれ、戦いを求めて消え
て行くのだった。

・・・という理解でよろしいのでしょうか。
正直、半分もわかってません・・あー、情けなや。
posted by JTm at 09:51| | 更新情報をチェックする

2019年12月23日

2019.12.22 横浜能楽堂普及公演

2019.12.22 横浜能楽堂普及公演
      眠くならずに楽しめる能の名曲

演目
解説「本当は怖い羽衣」   
                    中村雅之(横浜能楽堂芸術監督)
狂言「業平餅」(和泉流)
 シテ(在原業平)=井上松次郎
 アド(餅屋)=石田幸雄、
 小アド(布衣)=高野和憲、(稚児)=小林立季、
 (侍)=内藤 連、(随身)=飯田 豪、石田淡朗、
 (沓持)=月崎晴夫、(傘持)=佐藤友彦、
 (餅屋の娘)=中村修一
 後見=佐藤 融、深田博治
  (休  憩)
能「羽衣」(宝生流)
 シテ(天人)=和久荘太郎、
 ワキ(漁夫白龍)=工藤和哉
 ワキツレ(漁夫)=則久英志、野口能弘
 囃子方 笛=松田弘之、小鼓=幸 正昭、
     大鼓=佃 良勝、太鼓=小寺佐七
 後見=宝生和英、髙橋憲正
 地謡=辰巳大二郎、辰巳満次郎、内藤飛能、大坪喜美雄、
    東川尚史、武田孝史、澤田宏司、髙橋 亘

能の公演を、国立能楽堂以外で見ることはあまりない。
・・というのは、国立は主催公演だと、字幕があるの
です・・もう、それだけが頼り。

それが、「眠くならずに・・」という惹句に惹かれて
つい、横浜遠征ということに。一応、ざっと予習はし
て行ったんですけれどね・・。

案の定、字幕は無し、詞章のプリントもなし。あー、
謡本、持ってくればよかったと思っても、あとの祭り。

となれば、最初の解説が唯一の頼り。
講師の中村氏には、『眠くならない能の名曲60選』と
いう著作があるそうな。

今回上演の狂言と能は、いずれも“デフォルメ”の曲だ
そう・・「業平餅」は実在の人物・在原業平の、「羽
衣」は各地に伝わる羽衣伝説のデフォルメ。

デフォルメというのは、もともと「変形」とか「誇張」
の意味・・つまり、パロディみたいなものか。

そして、いわゆる羽衣伝説の多くは、天人に衣を返さ
ず、“拉致”して妻や養女にしてしまう形が多く、本当
はとても怖い話である、と。

しかし、能の「羽衣」は、漁師はすぐに衣を返し、天
人はこれに感謝して舞を舞うというストーリーなのだ
そうだ。

ユーモアを交えた分かりやすい解説・・感謝。

「業平餅」。大蔵流では何度か見たが、和泉流ではお
初。業平のお供の数が、少し違うようだ。

あと、「餅」そのものが出てこない。大蔵流では綿か
何かで作った餅が、三宝に載せられていたが、こちら
は、“あるつもり”での演技。

そして、大蔵流にはあった囃子は、こちらは無しだ。

それでも、旅の途中で茶屋に入って餅を所望するが、
お金がなくて・・という展開は同じ。色好みとして有
名な業平が、 「娘を都に・・」と言われて喜び、とん
でもない羽目に陥るという結末も。

なるほど・・デフォルメ、ね。

「羽衣」。浜辺の松に得も言われぬ美しい衣を見つけ
た漁師が、家宝にしようと手に取ると、その衣の持ち
主である天人が現れて、「返してください」。

しばしの交渉の後、天人のあまりの嘆きに同情した漁
師は、天人の舞を見せてくれたら返そうと言う。

でも、その衣がなくては舞えません・・いや、これを
返したら、舞など舞わずに帰ってしまうでしょ?

ここで天人の名セリフ。
「疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」

天人には二言はない・・これを聞いた漁師は、疑った
自分を恥じ、衣を返す・・喜んで舞を舞う天人・・

美しい話である。ある意味、あまりにも理想的すぎる
ような。・・けがれなき天上世界を垣間見たような。

やはり、字幕なしでは詞の端々まで聞き取れる・・と
いう訳には行かなかったけれど、詞にとらわれない分、
演者の微妙な動きに目が行って、また別の楽しみ方が
出来たように思う。

解説の先生のご著書を読んで、「眠くならない」演目
を選び、恐れずに国立以外の公演にも行ってみようか
・・・と、思いつつ、雨の中を帰路につく。
posted by JTm at 17:07| | 更新情報をチェックする

2019年12月22日

2019.12.20 国立能楽堂定例公演

2019.12.20 国立能楽堂定例公演 —演出の様々な形

演目
狂言「鐘の音」(和泉流)
 シテ(太郎冠者)=野村万蔵、アド(主)=野村 萬
  (休  憩)
能「橋弁慶-替装束・扇之型」(金剛流)
 シテ(武蔵坊弁慶)=金剛永謹、トモ(弁慶の従者)=宇高竜成、
 子方(牛若丸)=廣田明幸、アイ(早打)=炭 光太郎
 囃子方 笛=松田弘之、小鼓=観世新九郎、大鼓=川村眞之介
 後見=廣田幸稔、豊嶋幸洋
 地謡=遠藤勝實、今井克紀、見越文夫、種田道一、
    坂本立津朗、今井清隆、元吉正巳、金剛龍謹

先月に続き、「鐘の音」と「橋弁慶」をお流儀を変えて。

「鐘の音」。前回の大蔵流との大きな違いは、ひとり、
登場人物が少ないところ。大蔵流では失敗した太郎冠者
のために、主人にとりなしをしてくれる仲裁人があった
が、こちらは太郎冠者の“自助努力”。

そう言えば、確か「舟渡聟」でも、和泉流の方がひとり
少ない演出だった・・なぜなんでしょ。

そして、太郎冠者が鐘を聞いてまわる鎌倉の寺は、寿福
寺、円覚寺、極楽寺、建長寺。微妙に違うのね・・
でも、最後の建長寺の鐘が一番!なのは同じでした。

「橋弁慶」。前回は特殊演出で、牛若が母に諫められる
場面から始まったが、今回は“通常通り”、弁慶と従者の
やりとりから始まる。

夜中に宿願成就のための参詣をしようとする弁慶を、従
者が止める。

「五条橋に、12、3の少年が出て、人を斬る・・危ない
から行ってはいけません」

しかし、腕自慢の弁慶は、敢えて出かけることに・・

ここで弁慶はいったん引っ込み、その間に早打と呼ばれ
るアイが出て、「弁慶が五条橋の人斬りを退治するぞ」
と報じる。早打というのは、急を知らせる使者だそうだ。

ここで牛若が登場、そして弁慶も再登場。
この時、弁慶が装束を替え、面を付けて出るのが、今回
の特殊演出、「替装束」である。

能では、普通、現実の成人男性の役は面を付けないとの
ことだが、ここでは特別に面を用いる・・弁慶の超人的
な力を示しているのか。

女の衣を引き被っている牛若を見て、弁慶は「自分は出
家だから、女にはかかわるまい」と脇を通り過ぎようと
する・・と、その時、牛若が弁慶のなぎなたの柄を蹴っ
飛ばし・・・

なんか、これ、チンピラ同士の喧嘩の発端みたい。
・・「てめぇ、わざと蹴とばしやがったな!」・・

というわけで、あとはチャンチャンバラバラ。
能は、決して、静かなだけの演劇ではないんですねぇ。

もうひとつの特殊演出、「扇之型」は、このチャンバラ
の最中に、牛若が弁慶に扇を投げつけるというもの。

この扇が、勢い余って舞台の下に落ちた・・あら大変、
もう使わないのかな・・大丈夫かな・・と、ちょっとハ
ラハラしたけれど、どうやら扇の出番はそこだけだった
ようで、無事、終演。
posted by JTm at 10:55| | 更新情報をチェックする