2017年12月01日

2017.11.30 国立能楽堂企画公演

2017.11.30 国立能楽堂企画公演 働くあなたに贈る

働いてないけどね。

演目
狂言「薩摩守(さつまのかみ)」(大蔵流)
   シテ(出家)=大藏基誠、
   アド(茶屋)=大藏彌右衛門、
   アド(船頭)=大藏彌太郎
実演解説・装束付け  山科彌右衛門
  (休   憩)
能「紅葉狩(もみじがり)-鬼揃-」(観世流)
   前シテ(女)・後シテ(鬼)=観世芳伸、
   ツレ(侍女・鬼)=清水義也、角幸二郎、
      武田宗典、坂口貴信、木月宣行、
   ワキ(平維茂)=則久英志、ワキツレ(従者)=大日方寛、
   ワキツレ(勢子)=野口琢弘、御厨誠吾、
   アイ(供女)=大藏教義、アイ(武内の神)=大藏吉次郎
   囃子方 笛=竹市 学、小鼓=清水皓祐、
       大鼓=飯嶋六之佐、太鼓=大川典良
   後見=上田公威、松木千俊、野村昌司
   地謡=坂井音晴、藤波重彦、坂井音雅、浅見重好、
      武田友志、山科彌右衛門、藤波重孝、大松洋一

狂言「薩摩守」。初見である。
昔、キセル乗車のことを薩摩守と言われ、何のこっちゃ?
と思ったのを思い出す。つまり、平忠度(ただのり)が、
薩摩守であったことから、ただ乗りに掛けたシャレなの
だが・・・まさか、狂言にあるなんて・・・

どんなに古いシャレなんだ!

貧乏旅の出家が、同情した茶屋の主人から、渡し船の船
賃代わりになるシャレを教わる・・が。

狂言では、結末は目に見えている・・結局、忘れちゃう
のね。でも、向こう岸に渡るまではなんとか誤魔化した
ので、着いてしまえばそれまで。

損をしたのは船頭ばかり。

幕間?に、装束を付ける実演。着付けが三人がかり・・
後の演目には、この装束の女性が6人も出るのだ。
楽屋には、人があふれているのだろうなぁ。

能「紅葉狩」。確か、高校の古文の教科書に出ていたよ
うに思うのだが、もちろん、内容までは覚えてない。

戸隠の山中で、美女たちの紅葉狩の酒宴に出くわした平
維茂(これもち)が、勧められるままに酒を呑み、女た
ちの舞を見る・・・しかし、実はこの美女たちの正体は
鬼。

武内の神(武内宿禰)の夢のお告げでそれを知った維茂
は、授かった劔をふるっての鬼退治・・・

小書「鬼揃」は、普段はひとりだけの鬼女を、全部で6
人出すという特殊演出。前半の女たちの舞は華やかに、
後半の大立ち回りも、迫力満点!となる。

「同じ値段なら、お得感満載だねぇ」・・帰りがけにそ
んな会話が聞こえてきたが、うん、同感である。
posted by JTm at 13:58| | 更新情報をチェックする

2017年11月12日

2017.11月 国立能楽堂特別公演「黒川能」第一部~第三部

2017.11.10 黒川能 第一部

演目
「式三番(しきさんば)」     両座
能「高砂(たかさご)」      下座
  (休   憩)
能「獅子(しし)」        上座


2017.11.11 黒川能 第二部

演目
能「木曽願書(きそがんしょ)」  上座
狂言「こんかい」         上座
  (休   憩)
能「鐘巻(かねまき)」      下座


2017.11.11 黒川能 第三部

演目
能「井筒(いづつ)」       上座
  (休   憩)
狂言「節分(せつぶん)」     下座
能「土蜘蛛(つちぐも)」     下座

出演:公益財団法人黒川能保存会
詳しい配役は、下記の写真を参照ください。
但し、「式三番」の後見は、「釼持正」に変更。
 1111(5).JPG
(クリックすると拡大します)

能楽堂の見所(客席)に入ると、橋掛に見慣れない幕。
 1111(4).JPG

この紋・・六ツ目という。
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室町時代に、庄内地方を支配した武藤氏から下賜さ
れたものだそうだ。

黒川の能は、地元の鎮守・春日神社に伝わる神事能
であり、500年もの長きにわたって、時々の領主の
庇護を受けながら、脈々と伝えられて来た。

旧黒川村、現在の山形県鶴岡市黒川地区では、春日
神社の氏子約240戸が、上座・下座(居住地域によ
る区分)の両座に分かれ、伝統を今に伝えている。

両座の能役者・囃子方は、子役から長老まで約140
人、演目数は、能540番、狂言50番というから・・
なかなかすごい数字だ。

黒川の能には、現行の五流(観世・金春・宝生・金
剛・喜多)の能にはない演目があったり、古い型の
演出を残すものがあるそうだが、素人のわたしが、
それを云々することは無理・・・プログラムの解説
を引き写すだけに終わってしまう。

なので、素人目で気づいたことをいくつか。

まずセリフ。謡の言葉が、母音を引き延ばすように
発音される(つまり、たかさごやが、たぁかぁさぁ
ごぉや、となる)のは、同じだが、いわゆる語りの
部分も同じように、母音を引き延ばす感じ・・

そして、それに、若干の訛り?が加わるらしく、ヤ
という音が耳につく。「い」を「いぇ」と発音する
ためか、母音のイが引き延ばされると、ヤのように
聞こえる・・のではないかと思う。

これにはちょっと戸惑った。「ありがたき」が、
「あぁりゃがぁたぁきゃ」のように聞こえる・・何
言ってるのか分からない・・

子どものころ流行った、おぼあば言葉(一字ごとに
ばびぶべぼを加える・・あばいびうぶえべおぼ、の
ように)を聞いているみたい。

物語を追うのには、字幕とプログラムが頼りだった。

ところが、この「わからなさ」が、なんだか心地よ
いのである。そして、不思議に、眠くない・・・

二日目になると、このセリフまわしに、なんとなく
慣れてきて、それなりに聞き取れるようになった。
(そうなるとてきめんに睡魔が襲うのはなぜ?)

「式三番」は、現行の「翁」。一種の儀式であり、
ストーリーはない。この演目だけは、両座の合同で
行われるというのも、そのためかもしれない。

「高砂」は、おなじみ「この浦舟に帆を上げて」。

「獅子」は、後半、「石橋」同様の獅子の毛振りが
見られるが、この獅子が、文殊菩薩が乗る獅子で、
これを天竺まで追いかけて捕らえるのが優填王(う
てんおう)・・というのは、いわゆる「渡海文殊」
五尊像からだろう。

「木曽願書」は、木曽義仲が羽生の八幡に祈りを捧
げ、そのご加護で倶利伽羅峠の戦いに勝利する。
後半は、源平の戦いになるわけだが、源氏は白、平
家は赤の鉢巻・・・実に分かりやすい。

「こんかい」は、「釣狐」だ。「こん」も「かい
(くゎい)」も、キツネの鳴声だそうだ。

「鐘巻」は、「道成寺」。能舞台の屋根と柱の金具
が、この演目のためにだけあるという話は聞いてい
たが、本当に使われるのを見たのは初めてだった。

想いが強すぎて蛇体になってしまった女・・その恐
ろしい顔がなんとも悲しげなのが心に残る。祈る僧
たちは、ただただ、恐ろしい魔性のものを退治しよ
うとしているだけで、女の心を救おうという意識は
無いように思えた。

「井筒」は、今昔物語の在原業平の物語。最後、恋
しい男の形見の衣をまとって物狂いとなる女の姿は、
正直、わたしにはよく理解できない。
・・・そこまでするか?って感じ。

「節分」は、現行の狂言とほぼ同じ筋立て。女のし
たたかさに、落語「転宅」のお菊さんが被る。

「土蜘蛛」。これも、歌舞伎舞踊で見ただけで、能
舞台で見るのは初めてだった・・・迫力満点。
そして、臆病な下人ふたりの間狂言が傑作だった・・
ここまでには、セリフがだいぶ聞き取れるようになっ
ていて幸いだった。(狂言には逐語の字幕がないので)

二日間、三公演・・・長い長い時間だったが、楽し
かった・・・演じて下さった皆様に感謝。
posted by JTm at 09:59| | 更新情報をチェックする

2017年06月23日

2017.6.23 能楽鑑賞教室@国立能楽堂

2017.6.23 第34回 能楽鑑賞教室

演目
解説「能楽のたのしみ」    山井綱雄(能楽シテ方金春流)
狂言「附子(ぶす)」(大蔵流)
     シテ(太郎冠者)=山本則孝、
     アド(主人)=山本凛太郎、アド(次郎冠者)=山本泰太郎
  (休   憩)
能「黒塚(くろづか)」(金春流)
     シテ(前・女、後・鬼女)=辻井八郎、
     ワキ(阿闍梨祐慶)=殿田謙吉、
     ワキツレ(同行の山伏)=則久英志、
     アイ(能力)=若松 隆
     囃子方 笛=藤田貴寛、小鼓=鳥山直也、
         大鼓=佃良太郎、太鼓=金春國直
     後見=髙橋 忍、井上貴覚
     地謡=大塚龍一郎、本田芳樹、中村昌弘、山中一馬、
        政木哲司、山井綱雄、後藤和也、本田布由樹

今年の鑑賞教室は、たまたま生徒さんたちの少ない
日に当たった。都内の私立の中学と高校、各一校。

冒頭の解説は、能舞台の説明、能楽の歴史など、必
要最小限の項目に絞って、初心者にもとっつき易く
明解。

途中で、生徒さんを三人舞台に上げてのワークショッ
プも例年通りだが、客席の元・生徒まで巻き込まれ
るとは思わなんだ・・・

狂言「附子」。これはもう、ポピュラーな演目で、
教科書にも載っているそうだから、生徒さんたちの
反応も上々。

ただ、茂山千五郎家の公演を見慣れている身には、
山本家の演出は、地味だなぁとの思いを禁じ得ない。
・・もちろん、それも面白いのだが。

能「黒塚」。昨年9月に、本公演で一度見ている。
その時と同じ金春流・・ただし、前回は「雷鳴の出」
という小書がついていた。

黒塚の女の後シテは、般若の面をつける。
冒頭の解説の山井師は、「般若がどうしてあのよう
な姿になったのか、その訳は自分で調べて」と。

“宿題”なので、調べてみる。

般若の面をつける代表的な役柄は、「葵上」の、六
条御息所の生霊だそうだ。

元・皇太子妃という高い身分、教養豊かな女性だが、
光源氏との恋が終わりに近づいたことを悟り、それ
でもなお、思いきれずに、源氏の正妻である葵上を
苦しめる。

その表情には、怒りと恨みが強く表れるのは当然だ
が、そのさらに奥には、見捨てられた者の悲しみが
宿る。

黒塚の女もまた、「見てはだめ」と言い、「見ない」
と約束したのにもかかわらず、それを破られてしまっ
たことを悲しく思ったのか。

いや、それ以上に、人を喰らうことによってしか生
きられない悲しさ、そして、そうまでして生きたい
と思う自分の浅ましさを、嘆いているのだろう。

最後、阿闍梨の祈りによって調伏されてしまい、
「失せにけり」の詞に乗って橋掛を引き上げる鬼女
が、なんとも哀れに見えたのは・・・ちょっと、感
情移入しすぎだったかな。
posted by JTm at 21:23| | 更新情報をチェックする