2017年04月09日

2017.4.8 国立能楽堂普及公演

2017.4.8 国立能楽堂普及公演 特集・世阿弥周辺の能三題

演目
解説・能楽あんない「野守の鏡は何をうつす?」
       田中貴子(甲南大学・国文学)
狂言「膏薬煉(こうやくねり)」(大蔵流)
       シテ(都の膏薬煉)=山本則秀
       アド(鎌倉の膏薬煉)=山本則孝、後見1名
  (休   憩)
能「野守-白頭」(観世流)
       シテ(前・野守の翁、後・鬼神)=井上裕久、
       ワキ(山伏)=大日方 寛、アド(所の者)=山本泰太郎
       囃子方 笛=寺井義明、小鼓=幸 信吾、
           大鼓=柿原光博、太鼓=桜井 均
       後見=上田公威、浦部幸裕
       地謡=坂井音晴、吉波壽晃、坂口貴信、藤波重彦、
          清水義也、浅見重好、角幸二郎、藤波重孝

今月の特集は、世阿弥作の能だそうだが、その
一回を見る。

解説の田中先生・・ユーモアを交えたお話はと
ても分かりやすいが、客席からイマイチ笑いが
起こらないのは、場所柄のゆえか?

狂言「膏薬煉」。大蔵流・山本東次郎家の若手
ふたりの組み合わせ・・・従兄弟同士だそうだ。

都の膏薬煉と鎌倉(幕府があった)の膏薬煉が、
互いの効能を競い合う・・・実に馬鹿らしい話。

こもごもに語る膏薬の原材料やその効き目は、
なんともアヤシイ・・そして、最後は、それぞ
れの膏薬を鼻に貼り付けての喧嘩に・・

意味なく馬鹿らしく・・・いかにも狂言、です。

能「野守」。大峯葛城をめざす山伏が、大和の
春日野にさしかかると、何やら由緒ありげな池
がある。

そこへ野守の翁が通りかかり、池の由来を説明。
「われわれ野守が、毎日姿を映すので、『野守
の鏡』と呼ばれています」。

かつて、この地で帝が鷹狩をした際、鷹に逃げ
られたのだが、この池に映った鷹の姿を野守が
見つけて、事なきを得た・・という伝説。

しかし、「野守の鏡」には、もうひとつ別の意
味もある・・・それは、地獄の獄卒(つまり鬼)
の持つ鏡で、人の心や世の中の森羅万象を映す、
不思議な力を持つ鏡だ、と。

山伏は「ぜひともその鏡を見たい」と言うが・・・

後半、鬼神の正体を見せた翁が、手に大きな鏡
を持って登場・・・勇壮な舞に乗せて、天界か
ら地獄まですべての光景を、鏡に映して見せる。

そして、この鬼神を呼び出すのが、山伏の祈祷。
・・・狂言の山伏は、どうにもウサンクサイの
が多いけれど、お能の山伏は優秀です。

この一点だけでも、狂言には能のバロディ的要
素が多くあるってことが、よく分かります。
posted by JTm at 10:06| | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

2017.2.11 国立能楽堂普及公演

2017.2.11 国立能楽堂普及公演 月間特集・近代絵画と能

演目
解説・能楽あんない「松園が描いた能の女達」
          小林 健二(国文学研究資料館)
狂言「呂蓮(ろれん)」(和泉流)
    シテ(出家)=野村万蔵、アド(宿主)=野村万禄、
    小アド(女)=能村晶人、   後見1名
  (休   憩)
能「葵上-梓之出、無明之祈」(金剛流)
    シテ(六条御息所の生霊)=今井清隆、
    ツレ(照日の巫女)=今井克紀、
    ワキ(横川の小聖)=福王和幸、
    ワキツレ(臣下)=矢野昌平、
    アイ(左大臣家の男)=炭光太郎
    囃子方 笛=一噌隆之、小鼓=幸清次郎、
        大鼓=柿原広和、太鼓=麦谷暁夫
    後見=宇高通成、廣田幸稔
    地謡=田村修、坂本立津朗、見越文夫、宇高竜成、
       元吉正巳、種田道一、遠藤勝實、田中敏文

今月の能楽堂は、「近代絵画と能」と題して、絵画
に描かれた演目を上演。この日が初回だったので、
冒頭の解説は、次回以降の上演作まで紹介していた
だき、ちょっと得した気分・・・まぁ、後は見ない
んだけどね。

狂言「呂蓮」。2011年に茂山家の公演を見ているが、
今回は和泉流・野村家で。

物語は変わりなく、たまたま宿を頼んた先の主人に、
「出家したい」と頼まれた旅の僧が、とんだトラブル
に巻き込まれることに。

ただ、この僧自身、実はたいしたことないヤツで、僧
形で各地を旅していると、肉体労働も頭脳労働もする
ことなく、楽に生きられる・・・という趣旨のセリフ
があったりする。

そして、宿主に、「出家名をつけて」と言われると、
いろはにほへとを並べてみて、適当に見繕う・・とい
う始末。

そう、そんないい加減なヤツだから、つまらない災難
に遭っちゃうのさ!という、皮肉なんです、これは。

能「葵上」。源氏物語を下敷きにしたお話。題名は、
光源氏の妻・葵上の名だけれど、葵上自身は、舞台に
置かれた小袖で、象徴的に登場するだけ。

病人をこんな形で表すのは、能ではよくあるようだ。
新作狂言「死神」も、これを踏襲している。

主人公(シテ)は、源氏のかつての愛人である六条御
息所(ろくじょうのみやすどころ)だ。

御息所は以前は東宮(皇太子)妃だったが、東宮が亡
くなってその地位を失い、源氏とちぎることに。

高貴な身分と深い教養に惹かれた源氏だが、やがてもっ
と若い女のもとへ・・・

御息所は、訪れなくなった源氏を待つ・・・と、葵祭
に源氏が出ると聞き、お忍びでこれを見に行くことに。

早くから良い場所に牛車を止めていたのに、後から来
た葵上の車と、郎党同士の争いとなり、せっかく確保
した場所を追われ、源氏の姿を見ることも出来ない。

その彼女の怨念が、生霊となって葵上を襲う・・・
  0211.JPG (プログラムから転写)
「焔(ほのお)」上村松園 
大正7(1918)年、東京国立博物館所蔵

これが、その六条御息所なんだけど、とてもそんなに
恐ろしげには見えないね・・・むしろ悲しい女だ。

女流画家・松園は、かなり情熱的な生涯を送った方だ
というのは、小説「序の舞」(宮尾登美子作)にも描
かれているところ・・・この御息所に自らの思いを重
ねる部分も、多々あったのでは?と、想像する。

閑話休題。
能は、まず、懐妊中ながら病の床につく葵上に、「何
かがとりついている」ということがわかり、照日の巫
女が、梓弓を鳴らして魔を取り払う。

梓弓の音で姿を現したのは、破れ車に乗った高貴な女
性・・・これが、六条御息所の生霊で、車争いの恨み
を語り、病床の葵上を打ち据え、魂をさらおうとする。

必死で押し止める巫女・・・再来を誓って去る生霊・・・

ここで中入・・・シテのお着替えの時間。

その間に、アイが登場し、比叡山から、横川の小聖を
呼び寄せて、加持祈祷を依頼する。

後半は、小聖と、鬼女となって再来した生霊の戦い。

祈る小聖・・・激しく抵抗する生霊・・・囃子のテン
ポがどんどん速くなり、緊迫感が盛り上がって行く・・・。

いやー、面白かったー!


昨年6月に、茂山家のイベントに参加した時、もっぴー
(茂山宗彦)さんに、お能で眠くならない方法につい
て質問したら、「演目と演者で、何を見るか決めて」
というお答え。

そのアドバイスに従って、昨年後半から、「初心者向」
とされている演目を選んで見ている・・・おかげで、
ここのところ、あんまり寝なくなりました・・・(笑)
もっぴーさん、適切なアドバイス、ありがとうございます。
posted by JTm at 11:27| | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

2016.12.23 国立能楽堂特別公演

2016.12.23 国立能楽堂特別公演

演目
舞囃子「紅葉狩」(宝生流)
   シテ=髙橋 章
   囃子方 笛=八反田智子、小鼓=田邊恭賀、
         大鼓=佃 良太郎
   地謡=佐野玄宜、亀井雄二、大友 順、
        金森秀祥、水上 優
狂言「業平餅」(大蔵流)
   シテ(在原業平)=茂山七五三、
   子方(童)=茂山慶和、アド(侍士)=茂山逸平、
   アド(仕丁)=茂山童司、丸石やすし
   アド(傘持)=山本東次郎、アド(茶屋)=山本泰太郎、
   アド(娘)=茂山宗彦   後見=鈴木 実
   囃子方 笛=八反田智子、小鼓=田邊恭賀、
         大鼓=佃 良太郎
  (休  憩)
能「張良(ちょうりょう)」(観世流)
   シテ(前・老人、後・黄石公)=野村四郎、
   ツレ(龍神)=野村昌司、ワキ(張良)=福王茂十郎、
   アイ(張良の従者)=山本則秀
   囃子方 笛=藤田六郎兵衛、小鼓=鵜澤洋太郎、
         大鼓=佃 良勝、太鼓=三島元太郎
   後見=浅見真州、清水寛二
   地謡=青木健一、柴田 稔、観世淳夫、浅井文義、
        坂井音隆、観世銕之丞、長山桂三、岡 久広

「紅葉狩」。確か、高校の時だったか、古文の教科書に出
ていた演目である・・・もちろん、記憶の彼方だが。

山中に狩りに訪れた平惟茂一行は、紅葉狩の酒宴を楽し
む女たちに出会う。誘われて酒宴に加わった惟茂は、酒
の酔いも手伝って、女の美しさに魅せられる・・・

実は、この女は鬼女で、酔って寝てしまった惟茂は、夢に
八幡神のお告げを聞き、危機を逃れることになる。

今回は、この演目の見せ場?である、女が惟茂を誘惑し
ようとして舞う舞を、舞囃子で。・・・これは、面や装束なし
の舞。・・・・正直、素人には難しく・・・寝ました、すいません。

「業平餅」。大勢の供を連れて玉津島(和歌山市にある神
社)詣でに出かける。途中、空腹を覚えて茶屋で休憩・・・
餅を所望するが、代金の持ち合わせがない。

茶屋と交渉するうち、「娘を都で奉公させたいので、連れ
て行ってくれるなら・・・」と言われ、もとより色好みの業平、
餅も女も・・・と、喜んで承知する。
しかし、茶屋が連れて来た娘は、被衾を被って、なかなか
顔を見せない・・・・

狂言で、このかたちで登場する女性は、まあ、言ってみれ
ば、ビックリ箱みたいなもの。

娘の顔を見た業平の、驚くまいことか・・・あわてて、供の
傘持に、この娘を追っ付けようとする・・・。

他の供の者があっさりと舞台から去ったあとも、橋掛に待
機し、居眠りをしていた傘持が、最後に、準主役とも言うべ
き、大きな役であることが判明する・・・東次郎師、七五三
師の、それぞれの持ち味が生かされた、愉快な場面。

「張良」。漢の高祖の臣、張良は、夢のお告げで、川辺の
土橋を訪れると、ひとりの老人に出会う。老人が、沓(くつ)
を落とし、拾って履かせてくれと言うので、少々、不快に思
いながらもその通りにしてやる。

すると老人は、「お前は見どころがあるから、5日後にここ
に来れば、兵法の奥義を伝授しよう」と言う。

・・・と、ここまでの経緯が、張良の口から語られ、今日がそ
の5日目であることが明かされる。

土橋を訪れた張良の前に、くだんの老人が現れるが、「来
ようが遅い。また5日後に」とだけ言って消えてしまう。

ここで中入となり、シテばかりでなくワキの張良も、いった
ん、舞台からいなくなる。その間に、アイが登場して、これ
までの経緯を語る。

さて、5日後、張良は、今度はまだ夜も明けぬうちに土橋
を訪れると、馬に乗った老人が登場・・・と、言っても、馬は
出てこない・・・舞台中央に置かれた、一畳台(畳一畳ほど
の大きさの台)が、馬に見立てられる。

老人は、馬上から川の中に、沓を落とす。
張良が、これを拾おうとすると、川の中から大蛇が現れて
沓を取り、張良に向かって来る。

張良が恐れずに立ち向かうと、大蛇は沓を差し出し、張良
はこれを老人に履かせる。

老人は、この土橋の上の山に住む、黄石公と名乗り、張良
をほめ、兵法の奥義を伝える。また、大蛇は観音の化身で、
この後は、張良の守護神となるであろうと言う・・・。

この黄石公なる老人の正体が、今一つよくわからない。
山に住む、仙人か何かなんだろうか?

急流の川で、沓を拾おうとする動作や、大蛇との対決など、
ワキである張良の出番が多い・・・反対に、シテは、ほとん
ど座ったままだ。

シテ=主役の概念が、覆る。・・・こういう演目もあるんです
ねぇ。

川の中での立ち回りを見せる、後場の張良と大蛇の着け
ている大きな袴(半切と呼ぶ)に、水しぶきをデザインした
模様がつけられているのが、非常に印象的だった。
posted by JTm at 10:51| | 更新情報をチェックする