2017年05月14日

2017.5.13 国立能楽堂普及公演

2017.5.13 国立能楽堂普及公演

演目
解説・能楽あんない「世阿弥が『清経』に込めたもの」
       天野文雄(大阪大学名誉教授・能楽研究家)
狂言「呼声(よびこえ)」(大蔵流)
       シデ(太郎冠者)=大藏彌太郎、
       アド(主)=大藏吉次郎、
       アド(次郎冠者)=善竹忠亮
  (休   憩)
能「清経」(観世流)
       シテ(平清経)=浅井文義、
       ツレ(清経の妻)=武田友志、
       ワキ(淡津三郎)=村山 弘
       囃子方 笛=松田弘之、小鼓=森澤勇司、
           大鼓=河村眞之介
       後見=浅見真州、谷本健吾
       地謡=武田崇志、武田文志、小早川泰輝、
          馬野正基、武田祥照、小早川 修、
          長山桂三、浅見慈一

天野先生の解説は、「平家物語」に語られる平清経
の物語と、その意外に単純?とも思われる経緯を越
えて、世阿弥が表現したかった思想は何か・・とい
うようなことだった。ちと難し。

狂言「呼声」。仕事をサボって旅に出た太郎冠者が
帰宅したと聞き、主人はこれを叱りに出かける。
それと悟った太郎冠者は、居留守を使うが・・・。

プログラムの解説によれば、中世の下人(太郎冠者
など)は、休みをとる自由すらなかったのだそうだ
が、この曲の主人は、実のところ、さぼど怒ってい
ない。

太郎冠者に至っては、反省の色?などさらになく、
平然と居留守を使う・・・そして、最後は、次郎冠
者も交えて、三人で踊りまくるという・・・

馬鹿らしくも可笑しいけれど、おそらく、現実には
こんなことはないからこその、庶民の理想を描いて
いるのだろうな。

「清経」。平清経は、清盛の孫で重盛の息子。清盛
が死んで平氏が都落ちした後、まもなく、柳ヶ浦
(現福岡県門司のあたり)で入水自殺をした。

その清経の遺髪を、家人の淡津三郎が、密かに都に
待つ清経の妻に届けるところからお話が始まる。

三郎は、清経の最期を語り、遺髪を渡そうとするが、
清経の妻はこれを拒否・・・討死したのならともか
く、まだ、帝もおられ、戦いが続く状況で、自ら命
を絶つ・・・再会をきっと約したのに、その約束に
背いて・・・

三郎は、仕方なく遺髪を持ち帰る。

その夜、嘆きに沈む妻のもとに、清経の霊が現れる。

妻は夫の自死を責め、夫は遺髪を受け取らない妻を
責め・・・ふたりの思いはすれ違うばかり。

清経は、諄々と自死に至る自分の思いを語り、死後
に落ちた修羅道の話まで・・・

冒頭の天野氏の解説では、清経はただ単に負け戦に
絶望を深めたのではなく、人の世の無常を悟ってし
まったがために、自ら死を選んだ・・とのことだっ
たが・・・・

うーん、どうなのかなぁ。
清経は、享年21歳だという。そんな悟りに達するに
は、いささか若すぎるような・・・

それに、妻にしてみれば、どんな理由にせよ、夫が
自分を残して自ら死を選んだということに変わりは
ない訳で。

最後、修羅道の描写は迫力に満ちていたけれど、入
水前に唱えた念仏のおかげで、「仏果を得た」と言
う清経は、妻にとってはあくまで「身勝手な人!」
なんだろうなぁ・・・という思いを禁じ得ない。
posted by JTm at 09:35| | 更新情報をチェックする

2017年04月09日

2017.4.8 国立能楽堂普及公演

2017.4.8 国立能楽堂普及公演 特集・世阿弥周辺の能三題

演目
解説・能楽あんない「野守の鏡は何をうつす?」
       田中貴子(甲南大学・国文学)
狂言「膏薬煉(こうやくねり)」(大蔵流)
       シテ(都の膏薬煉)=山本則秀
       アド(鎌倉の膏薬煉)=山本則孝、後見1名
  (休   憩)
能「野守-白頭」(観世流)
       シテ(前・野守の翁、後・鬼神)=井上裕久、
       ワキ(山伏)=大日方 寛、アド(所の者)=山本泰太郎
       囃子方 笛=寺井義明、小鼓=幸 信吾、
           大鼓=柿原光博、太鼓=桜井 均
       後見=上田公威、浦部幸裕
       地謡=坂井音晴、吉波壽晃、坂口貴信、藤波重彦、
          清水義也、浅見重好、角幸二郎、藤波重孝

今月の特集は、世阿弥作の能だそうだが、その
一回を見る。

解説の田中先生・・ユーモアを交えたお話はと
ても分かりやすいが、客席からイマイチ笑いが
起こらないのは、場所柄のゆえか?

狂言「膏薬煉」。大蔵流・山本東次郎家の若手
ふたりの組み合わせ・・・従兄弟同士だそうだ。

都の膏薬煉と鎌倉(幕府があった)の膏薬煉が、
互いの効能を競い合う・・・実に馬鹿らしい話。

こもごもに語る膏薬の原材料やその効き目は、
なんともアヤシイ・・そして、最後は、それぞ
れの膏薬を鼻に貼り付けての喧嘩に・・

意味なく馬鹿らしく・・・いかにも狂言、です。

能「野守」。大峯葛城をめざす山伏が、大和の
春日野にさしかかると、何やら由緒ありげな池
がある。

そこへ野守の翁が通りかかり、池の由来を説明。
「われわれ野守が、毎日姿を映すので、『野守
の鏡』と呼ばれています」。

かつて、この地で帝が鷹狩をした際、鷹に逃げ
られたのだが、この池に映った鷹の姿を野守が
見つけて、事なきを得た・・という伝説。

しかし、「野守の鏡」には、もうひとつ別の意
味もある・・・それは、地獄の獄卒(つまり鬼)
の持つ鏡で、人の心や世の中の森羅万象を映す、
不思議な力を持つ鏡だ、と。

山伏は「ぜひともその鏡を見たい」と言うが・・・

後半、鬼神の正体を見せた翁が、手に大きな鏡
を持って登場・・・勇壮な舞に乗せて、天界か
ら地獄まですべての光景を、鏡に映して見せる。

そして、この鬼神を呼び出すのが、山伏の祈祷。
・・・狂言の山伏は、どうにもウサンクサイの
が多いけれど、お能の山伏は優秀です。

この一点だけでも、狂言には能のバロディ的要
素が多くあるってことが、よく分かります。
posted by JTm at 10:06| | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

2017.2.11 国立能楽堂普及公演

2017.2.11 国立能楽堂普及公演 月間特集・近代絵画と能

演目
解説・能楽あんない「松園が描いた能の女達」
          小林 健二(国文学研究資料館)
狂言「呂蓮(ろれん)」(和泉流)
    シテ(出家)=野村万蔵、アド(宿主)=野村万禄、
    小アド(女)=能村晶人、   後見1名
  (休   憩)
能「葵上-梓之出、無明之祈」(金剛流)
    シテ(六条御息所の生霊)=今井清隆、
    ツレ(照日の巫女)=今井克紀、
    ワキ(横川の小聖)=福王和幸、
    ワキツレ(臣下)=矢野昌平、
    アイ(左大臣家の男)=炭光太郎
    囃子方 笛=一噌隆之、小鼓=幸清次郎、
        大鼓=柿原広和、太鼓=麦谷暁夫
    後見=宇高通成、廣田幸稔
    地謡=田村修、坂本立津朗、見越文夫、宇高竜成、
       元吉正巳、種田道一、遠藤勝實、田中敏文

今月の能楽堂は、「近代絵画と能」と題して、絵画
に描かれた演目を上演。この日が初回だったので、
冒頭の解説は、次回以降の上演作まで紹介していた
だき、ちょっと得した気分・・・まぁ、後は見ない
んだけどね。

狂言「呂蓮」。2011年に茂山家の公演を見ているが、
今回は和泉流・野村家で。

物語は変わりなく、たまたま宿を頼んた先の主人に、
「出家したい」と頼まれた旅の僧が、とんだトラブル
に巻き込まれることに。

ただ、この僧自身、実はたいしたことないヤツで、僧
形で各地を旅していると、肉体労働も頭脳労働もする
ことなく、楽に生きられる・・・という趣旨のセリフ
があったりする。

そして、宿主に、「出家名をつけて」と言われると、
いろはにほへとを並べてみて、適当に見繕う・・とい
う始末。

そう、そんないい加減なヤツだから、つまらない災難
に遭っちゃうのさ!という、皮肉なんです、これは。

能「葵上」。源氏物語を下敷きにしたお話。題名は、
光源氏の妻・葵上の名だけれど、葵上自身は、舞台に
置かれた小袖で、象徴的に登場するだけ。

病人をこんな形で表すのは、能ではよくあるようだ。
新作狂言「死神」も、これを踏襲している。

主人公(シテ)は、源氏のかつての愛人である六条御
息所(ろくじょうのみやすどころ)だ。

御息所は以前は東宮(皇太子)妃だったが、東宮が亡
くなってその地位を失い、源氏とちぎることに。

高貴な身分と深い教養に惹かれた源氏だが、やがてもっ
と若い女のもとへ・・・

御息所は、訪れなくなった源氏を待つ・・・と、葵祭
に源氏が出ると聞き、お忍びでこれを見に行くことに。

早くから良い場所に牛車を止めていたのに、後から来
た葵上の車と、郎党同士の争いとなり、せっかく確保
した場所を追われ、源氏の姿を見ることも出来ない。

その彼女の怨念が、生霊となって葵上を襲う・・・
  0211.JPG (プログラムから転写)
「焔(ほのお)」上村松園 
大正7(1918)年、東京国立博物館所蔵

これが、その六条御息所なんだけど、とてもそんなに
恐ろしげには見えないね・・・むしろ悲しい女だ。

女流画家・松園は、かなり情熱的な生涯を送った方だ
というのは、小説「序の舞」(宮尾登美子作)にも描
かれているところ・・・この御息所に自らの思いを重
ねる部分も、多々あったのでは?と、想像する。

閑話休題。
能は、まず、懐妊中ながら病の床につく葵上に、「何
かがとりついている」ということがわかり、照日の巫
女が、梓弓を鳴らして魔を取り払う。

梓弓の音で姿を現したのは、破れ車に乗った高貴な女
性・・・これが、六条御息所の生霊で、車争いの恨み
を語り、病床の葵上を打ち据え、魂をさらおうとする。

必死で押し止める巫女・・・再来を誓って去る生霊・・・

ここで中入・・・シテのお着替えの時間。

その間に、アイが登場し、比叡山から、横川の小聖を
呼び寄せて、加持祈祷を依頼する。

後半は、小聖と、鬼女となって再来した生霊の戦い。

祈る小聖・・・激しく抵抗する生霊・・・囃子のテン
ポがどんどん速くなり、緊迫感が盛り上がって行く・・・。

いやー、面白かったー!


昨年6月に、茂山家のイベントに参加した時、もっぴー
(茂山宗彦)さんに、お能で眠くならない方法につい
て質問したら、「演目と演者で、何を見るか決めて」
というお答え。

そのアドバイスに従って、昨年後半から、「初心者向」
とされている演目を選んで見ている・・・おかげで、
ここのところ、あんまり寝なくなりました・・・(笑)
もっぴーさん、適切なアドバイス、ありがとうございます。
posted by JTm at 11:27| | 更新情報をチェックする