2019年11月30日

2019.11.29 国立能楽堂企画公演

2019.11.29 国立能楽堂企画公演 能と組踊

演目
組踊「二童敵討(にどうてきうち)」
 あまをへ=眞境名正憲、
 鶴松=宮城茂雄、亀千代=田口博章、
 母=親泊興照、
 供=親泊久玄、新垣 悟、嘉手苅林一
 きやうちやこ(塗桶)持ち=玉城 匠
 歌・三線=西江喜春、玉城和樹、神谷大輔
 筝=宮里秀明、笛=宮城英夫、
 胡弓=平良 大、太鼓=比嘉 聰
  (休  憩)
能「放下僧(ほうかぞう)」(観世流)
 シテ(小次郎の兄)=観世清和、
 ツレ(牧野小次郎)=坂井音雅、
 ワキ(利根信俊)=森 常好、
 アイ(利根の従者)=山本東次郎
 囃子方 笛=一噌隆之、小鼓=大倉源次郎、大鼓=亀井広忠
 後見=武田宗和、上田公威、坂口貴信
 地謡=関根祥丸、木月宣行、武田宗典、浅見重好、
    坂井音晴、岡 久広、坂井音隆、角幸二郎

組踊は、沖縄の伝統芸能。薩摩の支配下にありながら、
中国の王朝の冊封も受けていた江戸時代の琉球にあって、
王の代替わりごとに、中国から遣わされる使者をもてな
す芸能であった。

薩摩が琉球を完全に支配下に置いたのは、江戸時代のご
く初期だが、それ以降、琉球に大和文化が流入し、冊封
使歓迎のための芸能にも、大きく影響したという。

今回の企画公演は、組踊と能のよく似た演目を並べて、
その比較をしようという試みらしい。

初日は「羽衣」と「銘苅子」、そしてわたしが見たのは
二日目の「放下僧」と「二童敵討」である。

「二童敵討」。王位を狙うあまをへは、敵対する護佐丸
を一族もろとも滅ぼす。しかし、秘かに逃れて隠れ住む
幼い兄弟が・・

この兄弟の仇討がテーマ。

もう天下に手が届いたと喜ぶあまをへは、部下を連れて
野遊びに。ふたりの兄弟は、美しい若衆として登場し、
あまをへに踊りを見せ、酒を呑ませて油断させ・・

と、ここでふと思い出す。
これ、先月見た「望月」という能と似ている・・
あちらは、兄弟ではなく、母子だったけれど。

後半の「放下僧」もまた、同じパターンで、どうやら能
にはよくある筋立てのようだ。

若い兄弟の役は、女性?と見まごうほどに美しく化粧し
て、装束もまた華やかで美しい。女性と同じように若衆
を愛でた時代・・とプログラムの解説にあったが、陶然
としたあまをへが、油断するのも無理はない・・という
美しさだった。

「放下僧」。放下というのは、中世に流行した雑芸で、
その一部は今の江戸太神楽に受け継がれているそうだ。

父を殺された小次郎は、幼いころに出家して僧になって
いる兄とともに、仇討を志す。ふたりは放下に身をやつ
して、仇に近づこうと・・

僧の兄が放下に化けるから「放下僧」。そして仇の利根
某が、なぜか禅問答が大好き・・というのは、現代人か
らはよく分からない設定だけれど、僧として修行を積ん
できた兄には大いに幸い。

主人が一度は拒否した放下を、自分が見たいばかりに引
き入れてしまう従者。これが言うなと言われていた主人
の本名を、うっかり口にしてしまうのも「望月」と同じ。

セリフもしどころも多い従者役に、山本東次郎師・・
いい配役です。

最後、いざ仇討となって、兄弟が名乗りをあげる寸前に、
脇座にいた利根某が、すっと立って切戸口から退場して
しまったのは、正直言ってびっくり仰天。

え・・どうして、どうして?・・・
と思っているうちに、物語はどんどん進行して、何事も
なかったかのように、兄弟は本懐を遂げる。

人を殺す場面は、たとえ仇討であっても具体的にはあら
わさない・・それが、能の象徴性ってことなのか?

・・ん?・・先月の「望月」は、どうだったかな。
困ったことに、もう忘れてます。情けない・・・。
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2019年11月23日

2019.11.22 国立能楽堂定例公演

2019.11.22 国立能楽堂定例公演 ―演出の様々な形

演目
狂言「鐘の音」(大蔵流)
 シテ(太郎冠者)=茂山千三郎、アド(主人)=茂山千五郎、
 アド(仲裁人)=丸石やすし、  後見=茂山 茂
  (休  憩)
能「橋弁慶-笛之巻-」(観世流)
 シテ(前・常盤御前、後・武蔵坊弁慶)=観世喜正、
 子方(牛若丸)=観世和歌、ワキ(羽田秋長)=飯冨雅介、
 アイ(洛中の男)=茂山あきら、茂山千五郎
 囃子方 笛=藤田次郎、小鼓=曽和正博、大鼓=佃 良勝
 後見=観世喜之、永島忠修
 地謡=桑田貴志、奥川恒治、坂真太郎、駒瀬直也、
    佐久間二郎、弘田裕一、小島英明、中所宜夫

毎秋恒例の「演出の様々な形」、今年は二か月続きで
「鐘の音」と「橋弁慶」を見る。

狂言「鐘の音」。息子の成人の祝いに金の飾りのつい
た太刀を贈ろうと、主人は太郎冠者に命じて、鎌倉へ
その金の値を調べに行かせる。

ところが太郎冠者はこれを鐘の音と勘違い・・いくつ
もの寺を巡って鐘をつく・・

太郎冠者が巡る寺は、五大堂、寿福寺、極楽寺、そし
て建長寺。いずれも現存する寺院だ。擬音語までセリ
フにしてしまう狂言独特の手法とともに、鎌倉の寺巡
りを楽しむかのような。

能「橋弁慶」。小書き(特殊演出)「笛之伝」は、前
半に牛若の母・常盤御前が登場して、息子の乱暴を諫
め、牛若の持つ笛の伝来が明かされる。

この小書きが上演されることは珍しいらしい。

普通は、この前半から弁慶が登場して、五条の天神に
詣でようとして従者に止められる・・という話になる
ようだ。

後半は、どちらの場合でも、明日は鞍馬山に帰ること
になった牛若が、最後の名残に五条の橋に来て、ここ
で弁慶と出会う・・という、まあ、お馴染みの場面。

ところがお馴染みでなかったのは、五条橋付近で千人
斬りを決行していたのが、なんと、牛若の方だった・・
ということ。

まさに、びっくり仰天でした。えー???って思って
いるうちに、物語がどんどん進んでしまって、もう、
正直、戸惑うばかり。

子どものころに親しんだ昔ばなしでは、弁慶の方が千
人斬りを企てて、牛若がそれを成敗するって話だった。

帰ってから調べたら、多くの弁慶の物語では、千人斬
りを弁慶の仕業としているが、牛若、つまり義経の仕
業とする本も、一部にあるそうだ。

うーん、牛若は単に面白半分で京の人々を襲っていた
のか?・・なんか、英雄像が覆ってしまったような。

能の中では、その動機については一切語られていない
(と思う)が、判官びいきの身としては、きっと、無
差別に人を襲っていたのではなくて、仇である平氏の
一族を狙っていたのだ・・と思いたい。
posted by JTm at 10:35| | 更新情報をチェックする

2019年10月26日

2019.10.25 国立能楽堂企画公演

2019.10.25 国立能楽堂企画公演 所縁の能・狂言

演目
狂言「子(ね)の日」(大蔵流) 
 シテ(大宮人)=茂山逸平、
 アド(女)=茂山千五郎、  後見=井口竜也
 囃子方 笛=杉 市和、小鼓=清水和音、大鼓=原岡一之
  (休  憩)
能「望月-古式-」(観世流)
 シテ(小沢刑部友房)=観世銕之丞、
 ツレ(安田友治の妻)=谷本健吾、子方(花若)=谷本康介、
 ワキ(望月秋長)=森 常好、アイ(望月の従者)=茂山千三郎、
 囃子方 笛=杉 市和、小鼓=大倉源次郎、
     大鼓=亀井忠雄、太鼓=小寺佐七
 後見=浅見真州、清水寛二、安藤貴康、
 地謡=観世淳夫、小早川修、長田桂三、西村高夫、
    浅見慈一、浅井文義、馬野正基、柴田 稔

会場ロビーの掲示・・
   2019102512340000.jpg
あらー・・七五三先生、どうなさったのか。
先月、京都で拝見したときはお元気そうだったのに。
お兄さまを亡くされてガックリしてしまわれたのか・・・
どうぞ、お大事に。復帰をお待ちしています。

狂言「子の日」。年が明けて最初の子の日には、野に
出て姫小松を採取するしきたりがあるとか。

そのしきたりどおり、野に出た大宮人が、同じように
小松を曳きに来た女に巡り合い・・?

七五三先生の代演はご次男の逸平さん。色好み・・?
の大宮人の雰囲気、絶妙です。

能「望月」。なんと、仇討の話です。

かつて信濃国の豪族安田氏に仕えた小沢刑部は、主人
が望月某に殺されたことから、国を離れて近江国・守
山で宿屋を営んでいる。

ある日、偶然にもその宿に、旧主の妻と子、そしてな
んと仇の望月某が泊まり合わせることとなり・・。

仇に酒を呑ませ、芸人に化けた未亡人や息子の謡や鞨
鼓(小型の鼓)、果ては宿の亭主の小沢自ら獅子舞を
舞って、相手を油断させ、ついにこれを討ち取る・・
という、なかなか、緊迫したお話だった。

一番の見ものは、シテの舞う獅子舞か。扇を二本開い
て重ね、獅子頭の上下のあごに見立てている。
これにふつうは赤いかつらをつけるのだそうだが、今
回は、小書き「古式」により、白いかつらの上に真っ
赤な牡丹の花。

この赤が、実に印象的。いつまでも目の奥に残りそう
な赤だった。 
posted by JTm at 13:44| | 更新情報をチェックする