2017年11月17日

2017.11.16 国立劇場十一月歌舞伎公演

2017.11.16 国立劇場十一月歌舞伎公演

演目
山本有三生誕130年
「坂崎出羽守(さかざきでわのかみ)」(4幕)
       山本有三=作、二世尾上松緑=演出
 第一幕    茶臼山家康本陣
 第二幕    宮の渡し船中
  (休   憩)
 第三幕(一) 駿府城内茶座敷
    (二) 同   表座敷の一室
 第四幕    牛込坂崎江戸邸内成正の居間
   (配役)坂崎出羽守成正=尾上松緑、
       徳川家康=中村梅玉、千姫=中村梅枝
       金地院崇伝=市川左団次、
       松川源六郎=中村歌昇、
       坂崎家家老・三宅惣兵衛=市村橘太郎 外
  (休   憩) 
「沓掛時次郎(くつかけときじろう)」(3幕)
         長谷川伸=作、大和田文雄=演出
 序 幕(一) 博徒六ッ田の三蔵の家の中
    (二) 三蔵の家の外
    (三) 再び家の中
    (四) 再び家の外
    (五) 三たび家の中
 二幕目    中仙道熊谷宿裏通り
 大 詰(一) 熊谷宿安泊り
    (二) 喧嘩場より遠からぬ路傍
    (三) 元の安泊り
    (四) 宿外れの路傍
   (配役)沓掛時次郎=中村梅玉、
       六ッ田の三蔵=尾上松緑、女房お絹=中村魁春、
       三蔵倅太郎吉=尾上左近、
       安宿の亭主安兵衛=市村橘太郎、
       同女房おろく=中村歌女之丞、
       博徒の親分・八丁徳=坂東楽善  外

11月の国立歌舞伎は、新歌舞伎二本立て。

「坂崎出羽守」。大坂落城の時、孫である千姫を助
けたい一心で、「助けたら姫を妻にとらせる」と、
坂崎に約す。

坂崎はやけどを負いつつ、姫を救出・・しかし、姫
の心は、坂崎には向かず、困り果てた家康は、僧・
崇伝を通じて、「姫は出家する、他家には嫁がない」
と伝え、坂崎に思い切らせる。

しかし、家康の死後、千姫は、本多家に嫁ぐことに。
・・・二度に渡って裏切られた形の坂崎は、怒りに
震えるが・・・。

正直、見ていて辛い。坂崎の苦しみは、分からない
とは言わないが、なぜ、そこまで千姫に執着するの
か・・それとも、坂崎の本当の怒りは、「裏切られ
た」ことに対してなのか?

それにしたって、家臣を路頭に迷わせることになる
と知りながら、千姫の嫁入り行列に切り込むとは・・・
あまりのご短慮・・ではあるまいか。

ただ、そのあまりに粘着質の坂崎の性格は、前半部
分で、十分に描かれており、まあ、この人なら・・
と納得は出来る。

そのちょっとウザい男を、松緑丈が好演。なかなか
役に恵まれなかった感のある四代目が、祖父・父の
当り役を、立派に継承して見せてくれた。

「沓掛時次郎」。沓掛というのは、現在の中軽井沢
辺り・・中軽井沢駅の旧名は沓掛である。1956年
に改称だそうだが、わたしの子どもの頃の記憶では、
「中軽井沢(沓掛)」と、併記されていたような。

その沓掛出身の博徒、時次郎が、渡世の義理で切っ
た男の女房と子どもを連れて旅に・・。

先月聞いた落語「旅の里扶持」に、なんだか似てい
る・・・原作は、同じ長谷川伸。

伸先生、こういう展開がお好きだったのか?
女房でも情婦でもない女を、ストイックに献身的に
世話する男・・というのに、何か思い入れがあった
のだろうか。

身重のお絹と息子の太郎吉を連れての旅・・お絹の
出産が近くなり、金を稼ぎたい時次郎は、足を洗っ
たはずのやくざの世界に、再び足を・・・

場面ごとに、秋⇒冬⇒早春⇒春と、季節の移り変わ
りを見せる舞台の工夫が、なんだかとても嬉しい。

お絹は産褥で死に、時次郎が太郎吉を連れて旅に出
るというのが最後の場面だが、これが、春真っ盛り
の情景なのは、これからのふたりの未来を暗示して
いるのだろうか・・・そうであって欲しいと願う。

「坂崎」で家老役を演じた橘太郎丈が、こちちらで
も安宿の亭主役を好演。

そして、今年、彦三郎から隠居名?に改名した楽善
丈が、最後にちょっとだけ顔を出す親分・八丁徳・・
貫禄十分で、なかなかお得な役だった。
posted by JTm at 10:40| 芝居 | 更新情報をチェックする

2017年10月20日

2017.10.19 国立劇場十月歌舞伎公演

2017.10.19 国立劇場十月歌舞伎公演

演目
通し狂言「霊験亀山鉾-亀山の仇討-」4幕9場 
     四世鶴屋南北=作
 序 幕 第一場 甲州石和宿棒鼻の場
     第二場  同 石和河原仇討の場
     第三場 播州明石網町機屋の場
  (休   憩)
 第二幕 第一場 駿州弥勒町丹波屋の場
     第二場  同 安倍川返り討の場
     第三場  同 中島村入口の場
     第四場  同    焼場の場
  (休   憩)
 第三幕     播州明石機屋の場
 大 詰     勢州亀山祭敵討の場
  (配役)藤田水右衛門・隠亡の八郎兵衛=片岡仁左衛門
      石井平介・下部袖介=中村又五郎、
      石井源之丞=中村錦之助、女房お松=片岡隆太郎、
      芸者おつま=中村雀右衛門、大岸頼母=中村歌昇 外

なんだかここへきて、また一段とその名声が高まった
感のある仁左衛門丈・・・国立劇場での座長芝居は、
2012年4月以来。久々です。

2012年は南北作の「絵本合方衢」だったが、今回も
また南北作品。今、大南北の世界を描く第一人者は、
やはり、この方!・・ということなのだろう。

「霊験亀山鉾」は、国立劇場では三回目の上演だそう
で、年代的に、前二回もちゃんと見ているはずなのだ
が、まったく記憶にないのは、情けない限りだ。

しかし、知らない方が面白いんです、と、負け惜しみ。

いきなり、仇討の場面から始まるのは珍しい・・しか
も、悪役が勝つ・・もっとも、最初から勧善懲悪だっ
たら物語は成立しないが。

そして、この仇討、この後も次々に返り討ちになって
しまう・・悪の華全開の妖しい魅力は、まさに、大南
北らしい世界。

ただ、悪の魅力を際立たせるためか、善の方の役が、
今ひとつ冴えないんだよなー・・という感じ。

冒頭で叔父を殺され、父(養父)と叔父の仇討をする
ことになる源之丞が、善役の中心と言ってよいのだろ
うが、この男に、あまり人間的魅力がないのだ。

家来筋のお松といい仲になって、生家から養子に出さ
れた源之丞だが、相変わらずお松との仲は続いている。
・・アツアツである。

ところが、仇討の旅に出るや否や、駿州の芸者・おつ
まといい仲になってしまう・・その間、恋女房?は、
子どもふたりを抱えて、貧乏暮し(これがそんなに貧
乏そうには見えないのも、ちと違和感がある)。

しかも、おつまが他の男と一緒にいると、ひどく焼き
もちを焼いたりするんだから・・芸者さんなんだから、
仕方ないじゃない?

結局、源之丞もまた、敵の策略によって返り討ちにな
るのだが、正直、あまり同情出来ないんだよなぁ。

その源之丞を弔うための早桶と、水右衛門を逃がそう
と生きたまま入れた早桶が、ふとしたことで入れ替わっ
てしまう顛末は、落語「らくだ」を思わせて、ちょっ
と面白かったりもするけれど。

でもなー・・ツッコミどころ、多すぎ!!

いろいろあるが、大きなところをいくつか。

二幕一場で、おつまの居る置屋に密かに隠れる水右衛
門に宛てて、父からの密書が届く。おつまがこれを手
に入れたことから、ふたりは、その待ち合わせ場所で
ある、安倍川河原に赴くのだが・・・

肝心の水右衛門に手紙は渡ってないのである・・それ
なのに、どうして、水右衛門が河原に来ると考えるの
か・・?理解不能。

ま、実際は、これは敵方の罠で、逆に源之丞が待ち伏
せされてしまうのだが。

そして、最後、生きたままの水右衛門を入れた早桶が、
積み上げられた薪の上に置かれている・・隠亡の八郎
兵衛が、これに火をつける・・・

不思議と火の回りが遅いのは、直前に降った大雨(本水)
のためだろうか。

他にもいくつかツッコミたいところはあるけれど、そ
ういうことに、全部、目をつぶって、何も考えずに見
ることにしよう・・・

早変わりや本水で降らせる大雨などの外連、そしてな
により、ニザさまのピカレスクな魅力は、やはり、他
の役者さんの追随出来るものではない・・・堪能した。
posted by JTm at 10:51| 芝居 | 更新情報をチェックする

2017年09月24日

2017.9.23 円生と志ん生@紀伊國屋サザンシアター

2017.9.23 こまつ座公演「円生と志ん生」

 円生と志ん生-209x300.png

第一場   昭和20年8月  大連・宿屋「日本館」
第二場   昭和20年12月 大連・遊郭の置屋
      ー中入・大連の街角-
第三場   昭和21年春   大連・街はずれの小屋
  (休   憩) 
第四場   昭和21年7月  大連・喫茶コロンバン
      ー中入・大連の街角-
第五場   昭和21年晩秋  大連・修道院の物干し場
第六場   昭和22年1月  大連・港

 井上ひさし=作、鵜山 仁=演出
<出演> 五代目古今亭志ん生=ラサール石井、
     六代目三遊亭圓生=大森博史、
     女優陣(各5役)=大空ゆうひ、前田亜季、
            太田緑ロランズ、池谷のぶえ
     ピアノ演奏=朴 勝哲

こまつ座の芝居を見に行くなんて、何十年ぶりだ
ろう・・・樋口一葉以来じゃないか?

そして、井上ひさし氏の愛読者でもないわたしが、
突然、これ、行ってみよう!と思ったのは、ひと
えに、“落語のチカラ”にほかならない。

古今亭志ん生と三遊亭圓生が、第二次世界大戦の
終戦間際に中国大陸(当時は満州国)に慰問に行っ
て、敗戦で帰れなくなり、大連に2年近く足止め
された・・というのは、落語史上、かなり有名な
出来事だ(と、わたしは思っているが、さて?)。

この作品は、ふたりのその約2年の大連での生活
を描いたものだが、もちろん、エピソードの多く
は創作だろう。

冒頭の宿屋・日本館の場で、まず、彼らの置かれ
ている立場が説明され、宿を追い出されてころが
りこんだ、遊郭の置屋の場では、こともあろうに
「文化戦犯」として、占領したソ連軍に追われて
いることを知る。

ソ連軍の手入れをかいくぐっての逃亡生活・・や
がて、街の統治は中国人の手に移り、一安心。

休憩後は、圓生は役者として劇場に出演しており、
一方、志ん生は相変わらずの放浪生活。密航船で
帰国を試みて詐欺に遭ったり、修道院の炊き出し
でなんとか生き延びている。

最後の場は、ようやく引揚げ船が出ることになり、
ひと足先に帰国する志ん生を、圓生が見送る。

命の保証すらないどん底の生活の中で、「落語が
演りたい! ちゃんと言葉の通じる人たちの前で
しゃべりたい」と、落語のことばかり考えている
ふたり・・・この、“渇望”こそが、戦後の大躍進
につながるのだろう。

そして、破天荒な志ん生と生真面目な圓生、同じ
噺家でありながら、水と油のようなふたりが、苦
労を共にする中で、「お互いがお互いの師匠だっ
た」というほどに、影響を与え合う。

それもまた、大躍進の起爆剤だ。

そして、このふたりの姿を通じて、なによりも作
者が言いたいのは、やはり、戦争への怒りと、庶
民をないがしろにする軍と軍人の醜さでだろう。

ソ連軍の侵攻を聞いて、「世界一強い関東軍が、
きっと押し戻す」・・ところが、そのころ、関東
軍はとっくに朝鮮半島まで逃げていた。一般国民
を置き去りにして。

敗戦間際の「根こそぎ動員」で、男手を奪われた
開拓村は、ソ連軍を前に集団自決・・それを辛く
も逃れたものの、大連の街に入れずに射殺された
女たちの亡霊が、第三場には登場する。

北朝鮮のミサイルがいつ飛んで来るかもしれない、
妙にキナクサイ雰囲気の昨今、いろいろと考えさ
せられることの多い舞台だった。

志ん生役のラサール石井氏、圓生役の大森博史氏、
ともに、よく特徴をつかんでご本人に似せている。

そして、娼婦から修道女、亡霊に至るまで、振れ
幅の広い各5役を演じ切った4人の女優陣には、
心からの大きな拍手を贈りたい。
posted by JTm at 11:59| 芝居 | 更新情報をチェックする