2017年10月13日

2017.10.12 東京茂山狂言会@国立能楽堂

2017.10.12 第22回 東京茂山狂言会

演目
狂言「八幡前(やわたのまえ)」
  聟=茂山童司、舅=茂山あきら、教え手=茂山 茂、
  太郎冠者=鈴木 実、  後見=山下守之
狂言「蟹山伏(かにやまぶし)」
  山伏=茂山宗彦、強力=茂山逸平、
  蟹の精=茂山千五郎   後見=山下
  (休   憩)
狂言「縄綯(なわない)」
  太郎冠者=茂山千作、主人=茂山千三郎、
  何某=茂山七五三    後見=鈴木
附祝言「猿唄」   鈴木 実

「八幡前」。有徳人が一芸に秀でた者を娘の聟に・・と
高札を立てる。これを見て、聟入りを画策する男は、何
か芸を身につけようと、教え手を訪れる・・。

わずか数日で、一芸を身につけようと考える聟・・見て
いて、落語「稽古屋」を思い出した。

一計を案じた教え手、「弓の名人だと名乗り、鳥を射て
見せて外したら、当意即妙な歌を読め」と。

後の展開は、「萩大名」に似る。歌を覚えられない愚鈍
な聟に、教え手もあきれ果てて・・という展開。

しかし、この歌の一件は、萩大名よりちと難しい。

元の歌は、「いかばかり神も嬉しと覚すらん 八幡の前
に鳥いたてたり」。
・・つまり、鳥居を立てると、鳥を射たてるを掛けて、
殺生禁断の八幡前で鳥を射損ねたら神様は喜ぶだろう、
というところか。

しかし、教え手がいなくなって、聟は最後の五文字が分
からない・・でっち上げたのが、「どうがめいたてた」。

これが分からない。おそらく、ひとつには銅甕を鋳ると
いう意味なのだろうが、何かと掛けているのかどうか?
・・ま、あまり考えずに、聟の愚かさを笑っていれば良
いのだろうが。

「蟹山伏」。修行を終えて故郷の羽黒山に帰る山伏主従
が、蟹ヶ沢というところで、異形の者に出会う。恐れな
がらも名を聞くと、「両眼点にあり、一甲地につかず、
大足二足、小足八足、右行左行して・・云々」と、なぞ
なぞでの答。

すなわち、「カニだ!」と見破ったふたり、強力は、こ
いつを捕まえて、今夜の主人の酒の肴に・・と、六尺棒
を振り上げるが・・・

狂言に出て来る山伏や僧には、あまり人格者はいないよ
うで・・殺生を禁じられているはずの宗教者が、カニで
一杯・・?

もちろん、この企ては、蟹の精の逆襲に遭う訳で。
・・・つまりは、宗教的権威を笠に、威張っている連中
への揶揄。

15分弱の短い曲だが、最初から最後まで、大笑い。

「縄綯」。千作・七五三・千三郎、兄弟の三師共演。
さすがに、貫禄が違う。

博打好きな主人のために、借金のカタにされてしまった
太郎冠者。この仕打ちに腹を立て、まったく働こうとし
ない。

譲り受けた何某は、持て余して元の主人に相談・・いっ
たん、太郎冠者を返すことに。

すっかり機嫌を直した太郎冠者、縄を綯いながら、何某
一家の悪口を・・・

ここからが、太郎冠者のひとり芝居。身振り手振りを交
えつつの語りは、まるで落語家さん・・カミシモも振っ
ていたしね。

それにしても、簡単に借金のカタにされてしまう中世の
下人の哀れさよ・・そして、そんな仕打ちをされながら、
元の主人を思い、「博打は止めて」「わたしはともかく、
おかみさんまで賭けてはいけない」と、やさしく諭す太
郎冠者・・・

この太郎冠者はたぶん、先代からの召使で、この主人を
子どものころから見てきているのだろうな・・と、ふた
りの関係を思いやった。

後見の鈴木実さんがそのまま残って附祝言「猿唄」。
これを聞かずに立ち上がったお客さんが、ぱらぱらと見
えたのは、ちと残念だった。
posted by JTm at 08:55| 狂言 | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

2017.9.17 茂山狂言会・秋@金剛能楽堂

2017.9.17 茂山狂言会・秋

演目
狂言「萩大名」
    大名=茂山千作、太郎冠者=茂山逸平、
    庭の亭主=茂山 茂、  後見=山下守之
小舞「岩飛」    茂山 蓮
 〃「吉の葉」   茂山慶和
 〃「十七八」   茂山鳳仁
 〃「小原木」   茂山虎真
 〃「子の日」   茂山竜正 
    地謡=増田浩紀、茂山童司、丸石やすし、山下
狂言「察化」
    主人=茂山宗彦、太郎冠者=茂山あきら、
    すっぱ(察化)=茂山千三郎、 後見=増田
  (休   憩)
狂言「若市(にゃくいち)」
    若市(尼)=茂山千五郎、住持=茂山七五三、
    注進する男=千三郎、
    立衆(尼たち)=宗彦、童司、丸石、井口竜也、鈴木 実、
    後見=網谷正美、山下
    地謡=松本 薫、茂、逸平、島田洋海
    囃子方 笛=森田保美、小鼓=大倉源次郎、
        大鼓=谷口正壽
附祝言「猿唄」   松本 薫、茂山 茂、
          茂山逸平、島田洋海

「萩大名」。都に滞在中の大名(地方領主)が、気晴
らしに萩の花の盛りの庭を拝見しに行こうとするが、
そのためには、歌を一首、詠まなくてはならない・・

主人のために、いろいろと入れ知恵をする太郎冠者。
しかし、この大名、実に記憶力があいまいで・・。

お馬鹿?だけど憎めないお大名・・千作師のまさには
まり役(千作師がお馬鹿だってことではなく)。
愛敬たっぷりの可愛いお大名です。

次代を担う、少年たちの小舞が5曲。虎ちゃんと竜っ
ちゃん、双子のお兄ちゃんは、すっかり背が伸びて、
もう、変声期のようです。

「察化」。察化は人名で、都で有名なすっぱ(詐欺師)。

連歌の会を催すことになった主人は、その宗匠として、
都に住む伯父を招こうと、太郎冠者を迎えにやる。

しかし、この主従、かなり粗忽なおふたりで、伯父の
住まいがどこなのか、伝えもせず、訊きもせず・・・

都でさまよう太郎冠者に、察化が目をつけ、まんまと
連れ帰らせるが・・。

一目見てすっぱと悟った主人が、「それでもあとでな
にか仕返しされても困るから」と、すっぱをもてなす
のだが、妙に律儀すぎる太郎冠者のおかげで、すっぱ
は散々な目に。

発想や経緯が、なんとも落語的で、あんな噺、こんな
噺、思い出すこと多し。

「若市」。尼の若市が、菊の花を持って登場し、住持
と出会う・・若市、どうやら、どこぞの若い見習い僧
にこの花をプレゼントするつもりらしい。

住持は、この花を見て、「自分の庭から盗ったな?」
と詰問・・争いになって、住持は若市を打擲する。

してやったりと、勝ち誇る住持の元に、男がご注進・・
「若市が、尼たち千人!を連れて、仕返しに来ます」

住持もまた、「負けるものか」と六尺棒を手にするの
だが・・・

仏に仕える者たちが、こんなことでくんずほぐれつの
大立ち回りとは・・・仏さまもあきれることでしょう。

「若市」は、あまり上演されることがないそうで、な
んと今回は33年ぶりとのこと・・・だけど、分かりや
すくて面白いのに、なぜ、あまり上演されないのか。

ひとつには、似たような演目(「髭櫓」)があるから
ということだと思うが、もうひとつ、仏教界からの反
発を回避するため?・・なーんてことはないと思うが。

最後は、地謡の4人がそのまま残って、「猿唄」。


台風18号の接近で、風雨の強まる予報の出ていたこの
日、どうなることかと心配しつつの京都日帰りだった。
しかし、実際は、拍子抜けするほど順調で、京都では
雨も降らず。

終演が早かったこともあり、早い時間の新幹線に乗車
変更し、台風の追撃を振り切って、無事帰宅。
posted by JTm at 10:09| 狂言 | 更新情報をチェックする

2017年08月27日

2017.8.25 マリコウジ@セルリアン能楽堂

2017.8.25 マリコウジ -新作“純”狂言集-

演目
狂言「宗論」
   浄土僧=茂山あきら、法華僧=茂山童司、
   宿屋=島田洋海、 後見=茂山 茂
  (休  憩)
新作狂言「焚き火」
   男=茂山千五郎、
   焚き火の神=茂山千三郎、後見=あきら
新作狂言「道行かず」
   男甲=茂山逸平、男乙=茂、男丙=島田
アフタートーク  大藏基誠(大蔵流狂言師)
         茂山童司

茂山童司さんの、「後世に残る狂言」を目指すこの会も
数えて三回目。第一回の聟女狂言、第二回の鬼山伏狂言
に続き、今回は、脇狂言というジャンルの作だそうで。

この脇狂言というのは、神様や年貢を納めるお百姓が登
場する、おめでたい内容の狂言・・というのは、公演プ
ログラムの受け売り。

まずは古典の演目「宗論」。
旅の途上で出会った、浄土僧と法華僧が、互いの宗派の
主張を述べあって、論を戦わす・・というほど高尚なも
のではなく、なんか、小さい子どもの口喧嘩みたい。

真面目でカタブツの法華僧、それをからかって遊ぶ融通
無碍の浄土僧・・・童司さんと父のあきら師、親子競演。
・・・それにしても、よく似てるなぁ、この親子。

休憩を挟んで、童司さん作の新作を二曲。

「焚き火」。継母と義理の姉にこき使われるシンデロウ
は、家出を決行するが、山道に迷う。仕方なく野宿をす
ることになり、火をおこすため途中で拾った火打石を打
ち付けると・・・

シンデロウって、変な名だなぁと思ったが、疑問はすぐ
に氷解。冒頭の名乗りの中に、これでもか!とばかり、
いろいろなおとぎ話が仕込んである・・シンデロウはつ
まり、シンデレラだ。

なんか、白鳥師の落語「シンデレラ伝説」を思い出す。
まさか、童司さんが白鳥落語を聞くとは思えず・・同じ
ような発想をしたってことだろうけれど。

火打石の中に閉じ込められていたという焚き火の神は、
お礼に「願いを三つかなえよう」と。さて、シンデロウ
の願いは?

「道行かず」。お馴染みの「佐渡狐」のように、年貢を
納めるお百姓が登場・・最初の男甲は、「遠江のお百姓」
と言うが、ふたり目の男乙は、「このあたりの者でござ
る」と。

「このあたりの者」は、狂言の決まり文句。そして、舞
台を一周して「〇〇に着いた」と言うと、あっという間
に場面が切り替わってしまうのもまた、狂言のお約束。

その、狂言好きなら誰でも知ってる“常識”を逆手にとっ
て、シュールな展開で笑わせる・・

これ、わたしはとっても面白かったし、わたしの周囲の
席の人たちは、もう、大爆笑していたのですが・・・

脇正面に近い席にいた友人の話では、「脇正のお客さん
には、ポカンとしている人もいた」とのこと。

うーん、これが初狂言の人には、分からないかも?


アフタートークのゲストは、大蔵流家元・25世大藏彌太
郎師のご次男、大藏基誠(もとなり)さん。
去年、大蔵流五家の狂言会でお顔を拝見した。

大蔵流本家である大藏家では、お家元から、新作の上演
を禁じられているそうで、「なんとか、親父の目を逃れ
て演っちゃう方法はないかなぁ?」という、基誠さんの
“本音”・・聞いちゃいました。
posted by JTm at 09:35| 狂言 | 更新情報をチェックする