2017年12月02日

2017.12.1 音楽狂言「寿来爺」@梅若能楽学院会館

2017.12.1 音楽狂言「寿来爺」

「寿来爺」は、「すくるうじぃ」、スクルージで
ある。つまり、ディケンズの名作、『クリスマス・
キャロル』を、音楽と狂言で、という公演。

2015年に初演、今回が三回目だそうだ。

演目
第一部 三重奏
 ホルベルク組曲(ホルベアの時代から)
   グリーグ=作曲、白土文雄=編曲
 5つの小品
   ショスタコーヴィチ=作曲、アトフミャン=編
 バレエ音楽「ペトルーシュカ」より
   ストラヴィンスキー=作曲、織田英子=編曲
 以上、演奏:ヴァイオリン=河村典子
       アコーディオン=大田智美
       コントラバス=白土文雄
 ご挨拶   河村典子
  (休   憩)
第二部 音楽狂言「寿来爺」
  ディケンズ=原作(『クリスマス・キャロル』より)
  ワルター・ギーガー=作曲、長屋晃一=台本
 第一楽章 萬里蔵の幽霊
 第二楽章 過去の精霊
 第三楽章 現在の精霊
 第四楽章 未来の精霊-大団円
  配役:寿来爺=善竹十郎、幽霊と三人の精霊=善竹大二郎
  演奏:第一部と同じ

音楽にはまったく縁の無い身、チラシを能楽堂で
見つけたこともあり、「狂言」を見るつもりで出
かけたのだが、行ってみたら、コンサートだった。

前半の三重奏については、何も言えることはない。
ただ、心地よかった、とだけ。それにしても、ア
コーディオンの入る三重奏って、珍しいのでは?
と思うけど、わたしが知らないだけかな。

「寿来爺」。これも驚いたのだが、なんと、これ、
音楽が先に出来たのだそうだ。ワルター・ギーガー
氏は、スイス在住の作曲家・ギタリストで、日本
と日本文化に大きな関心を持ち、能とのコラボレー
ションによるオペラの作品もある由。

そのギーガー氏が、2002年に作ったのがこの曲で
当初は、パントマイムでのひとり芝居を想定した
ものの果たせず、朗読つきの音楽作品として上演
されたとのこと。

それを、狂言とのコラボレーションに・・と、発
案したのもまた、ギーガー氏だったのだそうだ。

台本を書いた長屋氏は、イタリア・オペラの研究
家で、日本の古典文学の造詣も深い方・・らしい。

しかし、個人的な印象としては、これを「狂言」
たらしめたのは、第一に、善竹十郎、大二郎両師
の力が大きいのではないかと思う。

特に面を付けない、寿来爺役の十郎師の、場面ご
とに心象を映し出す表情、そして、鍛え抜かれた
狂言師としての立ち居・・・これ無くしては、到
底、成立しない公演だっただろう。

そうそう、鍛え抜かれたと言えば、その声もまた
しかり、である。

通常の狂言は、セリフ劇であり、たとえ囃子方が
付く演目でも、演奏にセリフがかかることはない。
あくまで、謡の伴奏、舞のための音楽だ。

なので、セリフの背後でも三重奏が続く・・とい
うのに、当初は戸惑った。

しかし、聞くうちに、だんだん、音楽が気になら
なくなった(なんて言うと、演奏者に申し訳ない
のだが、音楽門外漢のたわ言と許して欲しい)。

背後の演奏に競うように張り上げるというのでは
決してないのに、きちんと声を響かせて、セリフ
を聞かせる「技」。実に素晴らしかった。


と、十分に満足した公演ではあったのだが、敢え
てひと言、苦情を言いたい。

能楽堂で手にしたチラシに、16:30開演とあった
が、行ってみたらこれが間違いで、18:30開演だっ
た。おかげで2時間、時間をつぶさなくてはなら
なくなった。

間違いは無い方がもちろん良い。でも、間違うこ
とはある。

困るのは、それを訂正してくれないことだ。
今回だって、わたしはメールで申し込み、予約完
了の返信をいただいて出かけたのである。

なぜ、その返信の際に、「チラシに間違いが・・」
と、付け加えてくれなかったのか。こちらが知っ
ているだろうと推測しても、無駄でもいいから書
き添えるのは、礼儀という以上に「常識」ではな
いだろうか。

と、アンケートがあったら書いて来るつもりだっ
たが、無かったのでここに書く。関係者の方、読
んでください!
posted by JTm at 10:11| 狂言 | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

2017.10.12 東京茂山狂言会@国立能楽堂

2017.10.12 第22回 東京茂山狂言会

演目
狂言「八幡前(やわたのまえ)」
  聟=茂山童司、舅=茂山あきら、教え手=茂山 茂、
  太郎冠者=鈴木 実、  後見=山下守之
狂言「蟹山伏(かにやまぶし)」
  山伏=茂山宗彦、強力=茂山逸平、
  蟹の精=茂山千五郎   後見=山下
  (休   憩)
狂言「縄綯(なわない)」
  太郎冠者=茂山千作、主人=茂山千三郎、
  何某=茂山七五三    後見=鈴木
附祝言「猿唄」   鈴木 実

「八幡前」。有徳人が一芸に秀でた者を娘の聟に・・と
高札を立てる。これを見て、聟入りを画策する男は、何
か芸を身につけようと、教え手を訪れる・・。

わずか数日で、一芸を身につけようと考える聟・・見て
いて、落語「稽古屋」を思い出した。

一計を案じた教え手、「弓の名人だと名乗り、鳥を射て
見せて外したら、当意即妙な歌を読め」と。

後の展開は、「萩大名」に似る。歌を覚えられない愚鈍
な聟に、教え手もあきれ果てて・・という展開。

しかし、この歌の一件は、萩大名よりちと難しい。

元の歌は、「いかばかり神も嬉しと覚すらん 八幡の前
に鳥いたてたり」。
・・つまり、鳥居を立てると、鳥を射たてるを掛けて、
殺生禁断の八幡前で鳥を射損ねたら神様は喜ぶだろう、
というところか。

しかし、教え手がいなくなって、聟は最後の五文字が分
からない・・でっち上げたのが、「どうがめいたてた」。

これが分からない。おそらく、ひとつには銅甕を鋳ると
いう意味なのだろうが、何かと掛けているのかどうか?
・・ま、あまり考えずに、聟の愚かさを笑っていれば良
いのだろうが。

「蟹山伏」。修行を終えて故郷の羽黒山に帰る山伏主従
が、蟹ヶ沢というところで、異形の者に出会う。恐れな
がらも名を聞くと、「両眼点にあり、一甲地につかず、
大足二足、小足八足、右行左行して・・云々」と、なぞ
なぞでの答。

すなわち、「カニだ!」と見破ったふたり、強力は、こ
いつを捕まえて、今夜の主人の酒の肴に・・と、六尺棒
を振り上げるが・・・

狂言に出て来る山伏や僧には、あまり人格者はいないよ
うで・・殺生を禁じられているはずの宗教者が、カニで
一杯・・?

もちろん、この企ては、蟹の精の逆襲に遭う訳で。
・・・つまりは、宗教的権威を笠に、威張っている連中
への揶揄。

15分弱の短い曲だが、最初から最後まで、大笑い。

「縄綯」。千作・七五三・千三郎、兄弟の三師共演。
さすがに、貫禄が違う。

博打好きな主人のために、借金のカタにされてしまった
太郎冠者。この仕打ちに腹を立て、まったく働こうとし
ない。

譲り受けた何某は、持て余して元の主人に相談・・いっ
たん、太郎冠者を返すことに。

すっかり機嫌を直した太郎冠者、縄を綯いながら、何某
一家の悪口を・・・

ここからが、太郎冠者のひとり芝居。身振り手振りを交
えつつの語りは、まるで落語家さん・・カミシモも振っ
ていたしね。

それにしても、簡単に借金のカタにされてしまう中世の
下人の哀れさよ・・そして、そんな仕打ちをされながら、
元の主人を思い、「博打は止めて」「わたしはともかく、
おかみさんまで賭けてはいけない」と、やさしく諭す太
郎冠者・・・

この太郎冠者はたぶん、先代からの召使で、この主人を
子どものころから見てきているのだろうな・・と、ふた
りの関係を思いやった。

後見の鈴木実さんがそのまま残って附祝言「猿唄」。
これを聞かずに立ち上がったお客さんが、ぱらぱらと見
えたのは、ちと残念だった。
posted by JTm at 08:55| 狂言 | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

2017.9.17 茂山狂言会・秋@金剛能楽堂

2017.9.17 茂山狂言会・秋

演目
狂言「萩大名」
    大名=茂山千作、太郎冠者=茂山逸平、
    庭の亭主=茂山 茂、  後見=山下守之
小舞「岩飛」    茂山 蓮
 〃「吉の葉」   茂山慶和
 〃「十七八」   茂山鳳仁
 〃「小原木」   茂山虎真
 〃「子の日」   茂山竜正 
    地謡=増田浩紀、茂山童司、丸石やすし、山下
狂言「察化」
    主人=茂山宗彦、太郎冠者=茂山あきら、
    すっぱ(察化)=茂山千三郎、 後見=増田
  (休   憩)
狂言「若市(にゃくいち)」
    若市(尼)=茂山千五郎、住持=茂山七五三、
    注進する男=千三郎、
    立衆(尼たち)=宗彦、童司、丸石、井口竜也、鈴木 実、
    後見=網谷正美、山下
    地謡=松本 薫、茂、逸平、島田洋海
    囃子方 笛=森田保美、小鼓=大倉源次郎、
        大鼓=谷口正壽
附祝言「猿唄」   松本 薫、茂山 茂、
          茂山逸平、島田洋海

「萩大名」。都に滞在中の大名(地方領主)が、気晴
らしに萩の花の盛りの庭を拝見しに行こうとするが、
そのためには、歌を一首、詠まなくてはならない・・

主人のために、いろいろと入れ知恵をする太郎冠者。
しかし、この大名、実に記憶力があいまいで・・。

お馬鹿?だけど憎めないお大名・・千作師のまさには
まり役(千作師がお馬鹿だってことではなく)。
愛敬たっぷりの可愛いお大名です。

次代を担う、少年たちの小舞が5曲。虎ちゃんと竜っ
ちゃん、双子のお兄ちゃんは、すっかり背が伸びて、
もう、変声期のようです。

「察化」。察化は人名で、都で有名なすっぱ(詐欺師)。

連歌の会を催すことになった主人は、その宗匠として、
都に住む伯父を招こうと、太郎冠者を迎えにやる。

しかし、この主従、かなり粗忽なおふたりで、伯父の
住まいがどこなのか、伝えもせず、訊きもせず・・・

都でさまよう太郎冠者に、察化が目をつけ、まんまと
連れ帰らせるが・・。

一目見てすっぱと悟った主人が、「それでもあとでな
にか仕返しされても困るから」と、すっぱをもてなす
のだが、妙に律儀すぎる太郎冠者のおかげで、すっぱ
は散々な目に。

発想や経緯が、なんとも落語的で、あんな噺、こんな
噺、思い出すこと多し。

「若市」。尼の若市が、菊の花を持って登場し、住持
と出会う・・若市、どうやら、どこぞの若い見習い僧
にこの花をプレゼントするつもりらしい。

住持は、この花を見て、「自分の庭から盗ったな?」
と詰問・・争いになって、住持は若市を打擲する。

してやったりと、勝ち誇る住持の元に、男がご注進・・
「若市が、尼たち千人!を連れて、仕返しに来ます」

住持もまた、「負けるものか」と六尺棒を手にするの
だが・・・

仏に仕える者たちが、こんなことでくんずほぐれつの
大立ち回りとは・・・仏さまもあきれることでしょう。

「若市」は、あまり上演されることがないそうで、な
んと今回は33年ぶりとのこと・・・だけど、分かりや
すくて面白いのに、なぜ、あまり上演されないのか。

ひとつには、似たような演目(「髭櫓」)があるから
ということだと思うが、もうひとつ、仏教界からの反
発を回避するため?・・なーんてことはないと思うが。

最後は、地謡の4人がそのまま残って、「猿唄」。


台風18号の接近で、風雨の強まる予報の出ていたこの
日、どうなることかと心配しつつの京都日帰りだった。
しかし、実際は、拍子抜けするほど順調で、京都では
雨も降らず。

終演が早かったこともあり、早い時間の新幹線に乗車
変更し、台風の追撃を振り切って、無事帰宅。
posted by JTm at 10:09| 狂言 | 更新情報をチェックする