2019年03月29日

2019.3.28 映画「よあけの焚き火」@ポレポレ東中野

2019.3.28 映画「よあけの焚き火」

監督・脚本・編集 土井康一
出演 大藏基誠、大藏康誠、鎌田らい樹、坂田 明
音楽 坂田 学

アフタートーク  土井康一×坂田 学

9日に立合狂言会でチラシを貰い、見たいと思ったが
都合がつかず諦めていた。ところが思いがけなく上映
期間が延長されていて、なんとか間に合った。

大蔵流狂言方の伝統を継ぐ親子・・息子が10歳になっ
機に、山中の古家に籠っての「狂言合宿」。

父もまた、その父から、同じように「特訓」を受けた。

ふたりだけの生活に、留守中の山小屋の世話をしてく
れているらしい老人と、その美しい孫娘?が時折、顔
を見せる。

この少女、どうやら大きな災害(東日本の震災を想定
しているようだが、はっきりとは語られない)で、家
も家族も失ったらしい。

心に傷を抱え、前に踏み出すことが出来ずにいる少女
が、わずか10歳で650年続く伝統芸能の道に踏み出し
た少年とその父を見て、何を思い、どう行動したか・・

それが映画の主題・・なのだろう。アフタートークで
も、監督の土井氏は、「狂言方の映画を撮ったつもり
はない」と言っていたし。

ただ、狂言好きなわたしにとっては、これはやはり、
狂言方の映画だった。

初めての「合宿」に、当初、緊張しっぱなしだった父
と子が、日を重ねるにつれて、次第に笑顔を取り戻し
て行き、日常の会話を狂言のセリフで交わす。

ふたりが「附子」のセリフで、味噌汁を食べる場面や、
雪の積もった道を「こちへ来い、こちへ来い」「参り
まする、参りまする」と歩き、「えいえい、やっとな!」
と、雪玉をぶつけ合う場面など、実に楽しい。

「家族を失った少女の立場から、強いきずなで結ばれ
ている親子を見る」ことが目的で、「たまたまそこに
狂言方を配役した」という話だったけれど、これは、
やはり、狂言でなくてはダメだったのではないか。

狂言の持つ「笑い」の力が、少女の笑顔に直結した・・
わたしにはそんなふうに感じられた。
posted by JTm at 09:50| 映画 | 更新情報をチェックする

2017年03月17日

2017.3.17 映画 文楽「冥途の飛脚」@東京都写真美術館

2017.3.17 映画 文楽「冥途の飛脚」

監督=マーティ・グロス
音楽=武満 徹
1979年制作、2011年デジタルリマスター
出演
淡路町の段 
   太夫=五世竹本織太夫(のち、五世竹本源太夫)
   三味線=五世鶴澤燕三
封印切の段
   太夫=四世竹本越路太夫
   三味線=鶴澤清治
新口村の段~『恋飛脚大和往来』より~
   太夫=九世竹本文字太夫(のち、七世竹本住太夫)
   三味線=四世野澤錦糸
 <人形役割>
   忠兵衛=初代吉田玉男、梅川=三世吉田蓑助、
   八右衛門/孫右衛門=二世桐竹勘十郎、
   妙閑=吉田文雀  外

先月の文楽公演の時、半蔵門駅近くで、雪の降る中、
配っていたチラシ・・・なぜ、劇場に置いてもらわ
なかったのかな?・・・に釣られて見に行く。

チラシにも書かれていたが、上記に記した出演者は、
全員が、その時かその後、人間国宝に認定されてい
る方ばかり・・・そして、そのほとんどが、故人だ。
(ご存命の方は3名。さらに現役は2名だけ)

この時代に、文楽に“目覚めて”いなかった者として
は、まさに、よくぞ記録してくださいました!である。

それを成し遂げた監督が、カナダ人というのにも驚
いた。日本人より日本の伝統に関心を持つ海外の方
は多いけれど、特設舞台を作って、これだけの豪華
メンバーを揃えて、映画を撮ってしまうなんて・・・

残念ながら、多くの出演者は、わたしには未知の方
であったが、その、至芸の一端を、確かに感じ取る
ことが出来た、と思う。

幸せな体験だった。

恵比寿ガーデンプレイス内の東京都写真美術館ホー
ルで、31日まで上映中。連日、10:20~。
21(火)、26(日)、27(月)はお休み。
posted by JTm at 21:10| 映画 | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

2016.12.27 映画「ねぼけ」@K's cimema

2016.12.27 映画「ねぼけ」

「ねぼけ」
 監督・脚本=壱岐紀仁
 プロデューサー=石川 学、音楽=織田祐亮
 主題歌「イトナミ」作詞・作曲・歌=イノトモ
 出演 友部康志、村上真希、入船亭扇遊 外

ダメダメな噺家・三語郎(友部康志)は、今日も高座で噺を
忘れ、客の失笑を買う。長年の同棲相手・真海(村上真希)
は、そんな三語郎を、一生懸命支えているが、それもまた、
三語郎には、少々重い・・・

落語が好きなのに、その大事なものに、正面から向き合え
ず、逃げるところは、酒と女・・・

それも、後輩の彼女とまで、言い寄られるままに出来てし
まうというのだから、始末に悪い。

一方、真海にもまた、三語郎に言えない過去があった。
彼女が大事にしている奇妙なかたちのオブジェ?は、いっ
たい何なのか?


先日の落語会でいただいたチケットで入ったので、あま
り、大きな声では言えないのだが、正直、今ひとつかなー
・・・と、言わざるを得ない。

特に、後半、真海の故郷・宮崎での場面が、よくわからない。

真海の父は、その地に伝わる伝統神楽の名手だったが、
現実の社会との折り合いが悪く、酒に溺れて、身を滅ぼし
たらしい・・・ということが、真海の叔父の口から語られた・・・
らしい。

“らしい”というのは、そのセリフ、訛りがキツくて、半分くら
いしか聞き取れなかったのだ。(字幕つけて欲しかった)

時折挿入される、父と少女時代の真海の場面は、モノクロ
でセリフなし。ここをもう少し描き込まないと、真海が、なぜ、
父の死に責任を感じてしまうのかが、はっきりしない。

最後、なんとか元のさやに納まり、師匠の許しも得て、よう
やくふたりの生活が軌道に乗るかなー?と思ったところで、
唐突に、真海が死んでしまう・・・というのも、なんだかとっ
てつけたようで、不満が残る。

結局、ラストシーンの、真海の遺骸の前で、三語郎が、「替
り目」を演じる・・・そこだけが撮りたかったんじゃなかろうか?

ところが、その大事な場面で、わたしはどうも、三語郎の着
物の着付にばかり目が行ってしまった。・・・なんかなー、だ
らしないんだよね。

借り着(圓十郎師から借りたと、扇遊師匠が言っていた)だ
そうだし、太っているから着崩れもしやすいのだろうけれど、
なんといっても、着慣れてないのが一番の原因。

俳優さんが落語を演じるのは、上手く出来なくて当然だと
思うが、せめて、形だけはきれいに見せて欲しいです。


・・・すいません、こんなに辛口に書くつもりはなかったん
だけど・・・だんだん、エスカレートしちゃったな。

ただね・・・扇遊師匠の「替り目」、これは素晴らしかった。
もう演らないって言ってらしたけれど、もったいないです。
ぜひ、また聞きたいです、師匠! 
posted by JTm at 10:43| 映画 | 更新情報をチェックする